茨城出身の谷畑にとって、クルマとの最初の接点は、クルマ好きの父に連れられて訪れたサーキットだった。
「あなたはクルマが好きですか?」
若者のクルマ離れといわれるこの時代でも、
その問いに胸を張って「はい」と答える若者が、マツダには多くいます。
十人十色のかたちでクルマを愛する社員たちの姿を紹介する本企画。第5回は、車内の音や振動の伝わり方を見つめながら、「人がどう感じるか」を大切にしたクルマづくりに携わる谷畑 雄音(やばた・ ゆうと)です。
サーキットで見た「黄色いクルマ」
「レースよりも、会場に並ぶクルマを見るのが好きでした。なかでも印象に残っていたのが、黄色いRX-7です」
幼い頃は、週末になると、父が関東圏のサーキットに連れて行ってくれた。大好きな黄色いクルマの前での一枚。
谷畑が自然と目で追っていたのは、速く走るクルマではなく、サーキットの駐車場に並ぶクルマそのものの姿だった。なかでも黄色いRX-7の姿は今も鮮明に記憶に残っている。少年を見つめ返すようなそのどっしりとしたクルマを、幼心に「かっこいい」と感じた。
サーキットへ行くたびに父にミニカーを買ってもらい、玄関のガラスケースに並べては眺める。それも楽しみの一つだった。谷畑にとってクルマは、見ているだけで心が動く特別な存在になっていった。
「俺、クルマが好きだったな」
しかし、小学校に入り野球少年となった谷畑は、大学まで野球一筋の生活を送ることになり、クルマとの距離はしばらく遠のいていた。そんな谷畑が再びクルマとの接点を得たのが、大学時代に免許を取得したときだった。
運転の練習のため、母が乗っていたドイツ製のコンパクトカーで夜道を運転しているうちに、幼い頃、サーキットで見ていたクルマへの憧れや、街中で気になるクルマを目で追っていた感覚が、ふと戻ってきたという。
「ハンドルを握りながら、“ああ、俺クルマ好きだったな”って思い出しました」
大学時代、仲間とクルマに乗り合って移動する時間も、谷畑にとってクルマの魅力を再認識するきっかけになった。
「同じ目的地へ向かう車内では、自然と会話が生まれます。会話が途切れても、途中で話題が変わっても不自然じゃないからこそ、クルマの中では普段より少し素直に話せるのかもしれません」
クルマは移動手段であるだけでなく、人とのつながりや自分の世界を広げてくれる。その魅力はますます大きなものになっていった。
人が運転するクルマをつくりたい
大学時代に改めてクルマが好きだと自覚した谷畑は、自動車メーカーを志望するようになる。その中で強く印象に残ったのが、マツダの説明会で聞いた「クルマは人が運転するものだ」という考え方だった。
「就職活動で自動車業界の話を聞く中では、“クルマが人を目的地へ、速く、楽に運ぶ”という移動手段としての考え方が強いように感じていました。一方、マツダからは、“人が運転するためのクルマをつくる”という思いが伝わってきました」
自動運転や新しい技術の話題が注目される中で、人が自らハンドルを握り、ドライバーの意図にクルマが自然に応えるようなクルマづくりをしているマツダの姿勢は、運転することそのものが好きだった谷畑にまっすぐ響いたという。効率よく移動できるだけではなく、運転する人や乗る人がどう感じるのか、どんな時間を過ごせるのかまでを考えてクルマをつくる会社で働きたい。その想いが、谷畑の進路を後押しした。
マツダに入社して1年目、谷畑は初めて自分のクルマを購入した。軽くて、マニュアルで、自分の手足の感覚とクルマの反応が近く感じられる一台に乗りたいという思いから選んだクルマ、ロードスターだ。その一台は単なる愛車にとどまらず、谷畑のクルマとの関わり方をさらに広げていく。
そのきっかけは、納車後ほどなくして先輩に誘われた“サーキットを走る”体験だった。
「本当に自分が走っていいんだ、と思いました。サーキットは敷居が高い場所だと思っていたので、誘ってくれた先輩には感謝しかないです。」
谷畑が購入しサーキット仕様にカスタムしたロードスター。幼い頃は父に連れられてコースを観る側だった景色が、このクルマのおかげで、今度は自分でハンドルを握り、コース内から観客席を見渡す景色が見えるようになった。
サーキットを走る楽しさを知った谷畑は、同僚に誘われ耐久レースにも参戦するようになる。
「最初は5人ほどのチームでしたが、今では9人まで増えました。仕事ではあまり関わりのない人もいましたが、レースを通して友人としての付き合いも広がっていきました」
マツダで働く中で谷畑が感じている魅力の一つは、周囲にもクルマが好きな人が多く、サーキットに誘ってくれる人や、一緒にクルマの話ができる人が自然にいること。好きなことを仕事にすると、その対象を見る目が変わってしまうのではないかと考える人もいるかもしれない。しかし谷畑の周りでは、入社してからクルマがより好きになる人も多いという。
仕事柄、部品の構造や機能に触れる機会が増えることで、レースでも「ここはこういう構造になっているのか」「この部品はこう交換できるのか」と、以前とは違う視点が自然に生まれている。
クルマを好きであることと、仕事としてクルマに向き合うことが切り離されるのではなく、むしろ互いに重なりながら、より深くハマっていくことも、谷畑にとってマツダで働く面白さの一つになっている。
眠っていたRX-7を2年前に先輩から買い取り、ついに憧れのクルマのオーナーになった。動かなかった車両を再び走らせる状態にし、街をドライブすることが何よりも楽しみだと語ってくれた。
「人の感じ方」をつくる仕事
現在、谷畑はNVH領域の開発に携わっている。NVHとは、車内で感じる音や振動に関わる領域だ。
「意外かもしれませんが、車内で聞こえる音を小さくすればいい、というわけではなくて。乗っている人に音がどう伝わるか、そしてどう感じるかを考えています。例えば、ある音だけを小さくし過ぎると、それまで気にならなかった別の音が目立つようになることがあります。測定上は静かになっているのに、実際に乗っている人は気になってしまう。そうしたことは、クルマ開発では少なくありません」
それは、大学時代に仲間と乗り合いながら会話を楽しんだ時間や、夜のドライブでクルマと向き合った経験とも重なる。スペックではなく、クルマの中で人がどう過ごし、どんな気持ちになるのか。谷畑は開発者である前に、一人のクルマ好きとして、そのひとの感覚を大切にしている。
走っているときにどんな音が耳に届くのか。どの方向から聞こえるのか。速度が上がるにつれてどう変化していくのか。一つひとつを丁寧に整えることで、乗る人が不安なく過ごせて、長時間乗っても疲れにくく、会話や音楽を自然に楽しめる車内空間をつくり上げていく。
新型CX-5では、走るときに聞こえる音のバランスを細かく整えている。クルマのまわりを流れる空気の動きまで見直すことで、余計な音を減らし、高速道路でも会話や音楽を楽しみやすい車内空間を実現した。
「全体を通して言えるのは、やっぱりひと中心、ひと第一に考えているというところです」
自動車メーカーとして高い性能を追求することはもちろん、その性能が人にどのように伝わり、どんな移動体験として記憶に残るのかを考える。入社前に心を動かされた「クルマが人のサポートをする」という考え方は、現在の仕事の中で、単なる理念ではなく、日々向き合うテーマになっている。
「クルマは、ただの移動手段ではありません」
幼い頃、サーキットで見た一台の黄色いRX-7。そのクルマは谷畑をどこかへ運んだわけではない。しかし、その憧れはやがて仲間とのドライブへつながり、サーキットを走る歓びへつながり、そして今、人の心を動かす移動体験をつくる仕事へとつながっている。谷畑にとってクルマとは、ただ人を目的地へ運ぶものではない。人との出会いや思い出、そして新しい世界へと連れて行ってくれる存在なのだ。
将来も谷畑は、人の心を動かすクルマをつくり、自身もそんなクルマに乗り続けたいと話す。
「乗っている全員が楽しいと感じるためには、安全性や、快適さも大切です。そこを人の感覚や体験に寄り添いながら追求し、ただの移動時間を思い出に変えるようなクルマを生み出すこと。それが、私の目指すクルマづくりです」