健康とクルマはつながっている?マツダと弘前大学が挑戦する、人に寄り添ったクルマがつくるウェルビーイングな社会

「乗れば乗るほど元気になるクルマ」は実現できるのか?その未来を探るマツダと弘前大学の挑戦。MAZDA MIRAI BASE編集部は、弘前大学(青森県)で、その研究に従事するマツダ技術研究所 次世代人間中心システム研究部門 社会システム研究 アシスタントマネージャー山崎陽(やまざき・よう)を訪ねました。はたしてマツダと弘前大学は、どのような研究を進めているのでしょうか? 

「移動の歓び」にどうアプローチする?弘前大学で進むマツダの研究

高齢ドライバーの事故や免許返納問題、地方都市での移動手段不足など、クルマの運転にまつわる課題は年々複雑化しています。こうしたなか、マツダと弘前大学は「運転と心身の健康やウェルビーイングの関係」をテーマにした革新的な研究に取り組んでいます。この全貌を探るため、現地・弘前大学で働くマツダの研究者のもとを訪ねました。

 

幼少期に時計の見方をバスの時刻表から覚えたという、根っからの乗り物好き。マツダ技術研究部門から弘前大学に駐在し、共同研究に従事している山崎陽(やまざき・よう)は、次のように語ります。

山崎:

私は研究のため弘前に移住したのですが、ここに住んでいて感じるのは「地方ではクルマがないと生活が不便になりがちだ」という現実です。公共交通機関が限られる地方では、ご高齢な方の通院を含めクルマは欠かせません。そんななか、たとえば運転に不安を抱える方でも、適切なサポートにより、少しでも長く、ご自分で安全に運転を続けられるようになったら素晴らしいと思いませんか。

マツダが目指すのは、個人の尊厳を守りながら、安心・安全に運転を続けられる方法を見つけること。それは単に運転期間を延ばすということではないと、山崎は言います。

技術研究所 次世代人間中心システム研究部門 社会システム研究 アシスタントマネージャー 山崎陽
技術研究所 次世代人間中心システム研究部門 社会システム研究 アシスタントマネージャー 山崎陽
技術研究所 次世代人間中心システム研究部門 社会システム研究 アシスタントマネージャー 山崎陽

山崎:

私たちが考えているのは、まず不安を理解し、解消していく。そして人が生き生きと、元気に暮らし続けられ、最終的には「移動の歓び」につなげていく。そんなアプローチ(ステップ)です。ウェルビーイングを実現するには、「自分の力で、行ったことのないところに行きたい」「離れた場所にいる友人と会って話したい」という願い(=移動の自由)を実現するのもまた、人間にとって必要不可欠ですよね。

マツダではこれまで、人を知る研究を重ね、「みんなにとって良い」クルマづくりを追求してきました。その成果は確実に実を結んでいます。しかし、すべてのドライバーに全く同じものを提供すれば全員が満足するとは限りません。

山崎:

たとえば運転支援システムでも、ある人は心強いサポートだと感じるが、別の人だと違和感を感じることがある。運転の感覚やこだわりは、一人ひとり異なるものです。私たちが大切にしているのは、その「違い」を徹底的に理解し、一人ひとりに寄り添うことなんです。

「人」と向き合う研究の原点─アクセルペダルから始まった挑戦

人を深く理解し、一人ひとりに寄り添うという山崎の研究。その原点を探るため、その考えに至ったきっかけについて聞いてみました。

山崎:

もともと私はクルマの設計を希望していて、入社後はシャシー開発部で人が触れる操作系部品の開発領域に配属されました。当時、「オルガン式アクセルペダル」という可動部の支点が足の踵(かかと)に近く、コントロール性に優れる部品などを設計していくなかで、人についても興味を持つようになりました。また、広島県の三次(みよし)市にあるマツダの試験場で、社員や社外の人向けにクルマづくりを通じた哲学を伝える「人馬一体アカデミー」というプロジェクトのインストラクターという経験も得ることができました。

 

その際に1,000人以上のドライバーの助手席に座り、マツダ車の特徴を伝えると、同じクルマでも反応は実にさまざまでした。ある部分で目を輝かせる人もいれば、まったく心が動かない人もいる。さらに興味深いことに、ドライバーが運転席に座った瞬間から、その人がどんなところに惹かれ、何に価値を感じるのかが、助手席にいる私にも伝わってくるんです。隣で一緒に体感しているうちに、一人ひとりの感じ方の違いが、だんだん見えてくるようになりました。そこで改めて、人を理解することの重要性を実感したんです。

 

人によって好みも違えば、運転の仕方も違う。そういった「違い」をしっかりと理解し、一人ひとりの特性に応えていく。それが、今後のクルマづくりに求められるのではないでしょうか。そんな視点で移動の可能性を広げるために、マツダは弘前大学との共同研究を進めています。

弘前大学 健康未来イノベーションセンター内にあるオープンラボには、マツダ以外にさまざまな企業の研究者たちが集まって研究を進めている
弘前大学 健康未来イノベーションセンター内にあるオープンラボには、マツダ以外にさまざまな企業の研究者たちが集まって研究を進めている
弘前大学 健康未来イノベーションセンター内にあるオープンラボには、マツダ以外にさまざまな企業の研究者たちが集まって研究を進めている

弘前大学での研究事例:運転の個性を見極める - 一人ひとりに最適な支援の形

 

弘前大学の岩木健康増進プロジェクト健診では、通常の約3000項目に及ぶ健康データに加え、「運転時の注意傾向」の測定などマツダ独自の運転に関する調査も実施しています。

 

たとえば、交差点のシーンで「安全運転のために、あなたはどこを見ますか?」と尋ねると、人によってまったく異なる傾向が現れるのです。早めに先を見通す人もいれば、信号を定期的に確認する人もおり、なかには必要のない場所に注目してしまう人もいます。さらに、運転に対する「苦手意識」に関する分析でも、面白い結果が得られています。

山崎:

「駐車が苦手」という声ひとつをとっても、その理由は実にさまざまです。AIによる解析により、空間認識の難しさ、集中力の持続、経験不足による自信のなさなど、駐車に対する苦手意識の背景にある多様な要因が明らかになりつつあります。一人ひとりの運転特性を深く理解することで、より一人ひとりに合った運転支援の可能性が広がっているんです。

 

つまり、同じ運転支援でも、人によって受け取り方が異なる可能性があると考えています。経験の少ない方には、3D映像で俯瞰的な視点を提供すると効果的ですが、別の方にとっては、かえって混乱の原因になりうることもあります。高齢の方で認知機能に変化が見られる場合は、運転中の判断をサポートする際に、素早く、穏やかな声かけで伝えるといった工夫が有効かもしれません。

 

私たち人間は完璧ではありません。だからこそ、それぞれの人に寄り添ったかたちで、事前にミスを防ぐための提案をしたり、気づきを促したり、そしてミスが起きた際にもサポートしたりすることが大切だと考えています。

 

ウェルビーイングという概念は、単純にマイナスをゼロにする方向性だけでなく、「アクティブに活動できる」といったプラスの方向に持っていくことも重要です。ドライバー一人ひとりに必要な支援ポイントを見極め、最終的に「移動の歓び」にどうつなげていくかを研究できるのが、いまの仕事の面白いところです。

”日本一の短命県“青森。岩木健診のビッグデータからみるクルマとウェルビーイングの関係とは?

弘前大学では20年前から岩木健康増進プロジェクト健診(以下、岩木健診)を開始し、2013年からは文部科学省・JSTによる「COI STREAM」(文部科学省 革新的イノベーション創出プログラム)の拠点として採択され、蓄積した超多項目健康ビッグデータを多くの企業と共同研究を進めてきました。2022年からは同「COI-NEXT」(共創の場形成支援プログラム)の拠点として研究活動を展開しています。プロジェクトの意義とクルマと健康の密接な関係性について、プロジェクトリーダーである弘前大学の村下公一(むらした・こういち)教授はこう語ります。

 

*¹ COI STREAMとは:参照ページをご覧ください
*² COI NEXTとは:参照ページをご覧ください

村下:

病気になった人のデータはたくさん蓄積されていますが、健康な人のデータはあまり例がありません。みなさんが受ける定期的な健康診断も血液検査、心電図、胸部X線など内科的な検査が中心で、調査項目数は限られている場合が多いと思います。

 

岩木健診ではそういった一般的なデータにとどまらず、口腔や骨格筋なども含め全身を網羅的にカバーし、しかも20年という長期間にわたり、一人当たり約3000項目、延べ2万人のデータを蓄積しています。なかにはメンタルやライフスタイルに関するデータも豊富なため、ウェルビーイングに関心をもつ多くの企業から注目されています。

「弘前大学COI-NEXT」プロジェクトをリードしてきた、弘前大学 村下公一教授
「弘前大学COI-NEXT」プロジェクトをリードしてきた、弘前大学 村下公一教授
「弘前大学COI-NEXT」プロジェクトをリードしてきた、弘前大学 村下公一教授

なぜ岩木健診では、これほど長期間・大規模・多項目のデータを蓄積することになったのでしょうか。

村下:

このプロジェクトの最大の目的は「日本一の短命県の返上」なんです。青森県は男性の平均寿命が47都道府県中最下位、女性も下位に位置しています。「短命なのは寒いからなんじゃないか」と思われがちですが、青森と同じく地方かつ寒冷地域でもある長野県は長寿県。逆に言えば青森は「伸びしろ」も非常に大きいんですよ。

寒冷地域=短命県ではない。だとすると、青森が短命になってしまう原因はどこにあるのでしょう。

村下:

ウェルビーイングでは心身の健康だけでなく、社会的なつながりも重視されます。たとえば、「肥満は伝染する」の例でいうと、その影響要因は同居する家族よりも「同性の友人」の方が、影響が大きいことが示唆されています。つまり、物理的なつながりよりも社会的なつながりのほうが人に影響を与えやすいといえます。

 

人と人とのつながりを基盤とした社会資本のことを「ソーシャルキャピタル」といいますが、このソーシャルキャピタルを高めていくことが、寿命を伸ばすカギになると私は考えています。

しかしきになったのは、弘前大学COI-NEXTに参画している企業のリストを見ると、食品やヘルスケアなど、ダイレクトにウェルビーイングと関係している業種が多かったこと。マツダのような自動車メーカーは、このプロジェクトとすこし縁遠そうにも思えました。

村下:

いや、そうでもないんです。マツダはCOI-STREAMで「感性」に関わるイノベーションで人々の精神的価値を高める取り組みをされていましたが、そのころから「感性の豊かさと健康の間には関係がある」ことを仮説として聞かせてくれていたんです。実際、マツダの岩木健診でのデータ分析からも、「クルマが好きな人は男女ともに健康である傾向にある」ということがわかってきました。

 

クルマは、特に地方では生活に欠かせないものです。ウェルビーングは日々の生活と密接に関わっているので、日常的に使うクルマを通じて、意識せずにいつの間にか健康になれる。ウェルビーイングをめざしたいんです。これまでクルマは単なる「移動する手段」と捉えられがちでしたが、健康という視点で見ると、人々の生活にポジティブな影響を与える可能性が十分にあると考えています。マツダには、クルマを通じて人と人とのつながりを生み出すことを大いに期待していますね。

クルマで気軽に外に出かけ、ほかの人とのコミュニケーションを活発化させるサポートをすること、つまり「移動を通じて、人とのつながりを生み出す」ことが、マツダがウェルビーイングな社会づくりに貢献できることなのかもしれません。

マツダが挑戦する、人に寄り添ったクルマがつくるウェルビーイングな社会

弘前で進むウェルビーイング研究をふまえたとき、マツダが目指す未来の「乗れば乗るほど元気になるクルマ」はどんなものが考えられるのでしょうか? その可能性を探るため、山崎とともに、弘前大学 健康・医療データサイエンス研究センター長であり、大のクルマ好きでもある玉田嘉紀(たまだ・よしのり)教授にも話をうかがいました。

玉田:

ウェルビーイングを研究していて感じるのは、「人間の多様性は非常に大きい」ということです。ある人の健康状態は、ゲノム(生物が持つ遺伝子全体のこと)で説明できる部分もあればできない部分もあり、それは生活習慣においても同様です。「こういうゲノムだから、こういう生活習慣だから、こうなる」という説明モデルが簡単には見出せないんですよね。

クルマが人のウェルビーイングをサポートする場合、運転技術の支援にとどまらず、個人個人の心身の状態に合わせた(パーソナライズされた)支援をすることになりそうです。山崎はこんなアイデアも語りました。

山崎:

弘前で研究を重ねていくなかで、クルマはスマートウォッチのように人間の身体の状態を測定するセンサーとして非常に優秀だと感じるようになりました。画像認識で脈拍を測ったり、ハンドルやペダルの操作で筋力の状態を測ったり、などですね。たとえば都市部で働いている現役世代が、地方に住む高齢の両親の見守りにクルマを活用することも考えられます。

左から、弘前大学 健康・医療データサイエンス研究センター センター長 玉田嘉紀教授、マツダ技術研究所 山崎陽
左から、弘前大学 健康・医療データサイエンス研究センター センター長 玉田嘉紀教授、マツダ技術研究所 山崎陽
左から、弘前大学 健康・医療データサイエンス研究センター センター長 玉田嘉紀教授、マツダ技術研究所 山崎陽

しかし気になるのは「クルマを使うと歩かなくなるから不健康になる」という素朴な問題。これはどう考えるべきでしょうか。

山崎:

たしかに、過去にはクルマの普及率上昇とともに歩数が減って運動不足が進んだという一面を指摘されたこともありました。しかしクルマがスマートウォッチのようになった未来では、取得したデータをもとにドライバーに「こんな運動や食生活をしてみたらどうですか」「目的地から少し離れたここに駐車して、少し歩いてみませんか」という提案を行うことも考えられます。

玉田:

クルマが健康をアシストするという意味では、たとえばドライバーの運動能力に合わせてパワーステアリングを弱く(ハンドルを重く)し、運転にトレーニング機能を持たせる、という発想もありえるかもしれません。

クルマが大きなスマートウォッチになり、健康に必要なアドバイスをしてくれて、エクササイズまで提供してくれる。そう考えると、クルマに乗ることが健康診断になるかもしれない。考えたこともなかった未来が、少しずつ形になりつつあるようです。

 

そして玉田教授はこんなことも語ってくれました。

玉田:

一般的に「運転=楽をする」というイメージがありますが、たとえばF1などのモータースポーツは高い筋力や持久力が必要になります。その意味では、マツダがつくっているロードスターはモータースポーツの入門カーとして非常にいいクルマです。

 

ロードスターしかり、ロータリーエンジンしかり。マツダはほかの自動車メーカーがつくれない価値をつくっていると感じます。マイナスをゼロにするだけでなく、「楽しい」「面白い」「ワクワクする」といったプラスの価値に、ぜひ挑戦し続けてほしいですね。

玉田教授の取材のあと、最後に山崎が弘前での仕事のやりがいについてこう話してくれました。

山崎:

1989年のロードスターのパンフレットに「誰もが幸せになる」という言葉があるんです。スポーツカーを語る際、通常なら馬力や技術的な細かい仕様に焦点を当てたくなるものですが、そこであえて「誰もが幸せになる」と謳っていたんですね。この理念は、まさに今マツダが追求しているウェルビーイングそのものです。

 

クルマに乗る勇気さえあれば、心がときめき、ワクワクし、その過程での挑戦や学びが個人の成長につながる。それがマツダのパーパスと直結している。この研究活動と成果は、会社の方向性の根幹を成すものだと考えると、正直なところ、大きなプレッシャーも感じると同時に、ものすごいやりがいも感じています。

 

私たちは、クルマを単なる移動手段ではなく、人々の夢と可能性を広げるものとして進化させていきたいと考えています。

ウェルビーイングを追求する未来のクルマは、ドライバー一人ひとりに寄り添った支援を提供し、人々の夢と可能性を広げていく――そんな未来が、弘前大学とマツダの共同研究から生まれようとしています。

データ計測のために弘前大学に導入されたロードスターと山崎
データ計測のために弘前大学に導入されたロードスターと山崎
データ計測のために弘前大学に導入されたロードスターと山崎

編集後記

 

今回の取材を通じて、「ウェルビーイング」と「クルマ」という、一見異なるテーマが実は深く結びついていることを実感しました。マツダが目指す「乗れば乗るほど元気になるクルマ」とは、単なる移動手段ではなく、人々の健康や幸福を支える存在へと進化していく未来像なのかもしれません。これからのクルマがどのように人に寄り添い、より豊かな生活を実現していくのか。引き続き、その挑戦に注目していきたいと思います。

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長距離運転・ワインディング・渋滞でも、疲れにくく、酔いにくく、乗るほどに活力を得て頂きたい。

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