AIにできないデザインって?広島の廃牡蠣殻を取り入れたMAZDA ICONIC SP〜高校生が問うクルマの未来〜

MAZDA ICONIC SP
MAZDA ICONIC SP

地元・広島の高校生からマツダに届いた一本のメール。それをきっかけに実現した、高校生たちがマツダの工場などをめぐり、サステナブルな取り組みを見学するツアー。4人の高校生はそれぞれ、マツダと環境への取り組みに対する「問い」を抱き、その答えを探りにやってきました。

 

第3回で取り上げる高校生の問いは「AIに代替えできない持続可能なデザインとは?」。その手がかりになるのが、マツダが2023年に発表した未来のコンセプトカー「MAZDA ICONIC SP」。車のパーツの一部には、広島の特産である牡蠣の廃殻を混練した樹脂が使われています。

 

牡蠣のむき身を加工する際に、大量に出る牡蠣殻。その有効利用は、地域全体の課題でもあります。MAZDA ICONIC SPでは牡蠣殻をどのように活用し、サステナブルなデザインに生まれ変わらせていったのか。今回、高校生たちはプロジェクトに携わる地元広島のパートナー企業のもとを訪ね、開発秘話に触れました。そのなかで見えてきた関係者の想いとは?

牡蠣殻がクルマに生まれ変わる?マツダ「MAZDA ICONIC SP」のパーツに込められた想い

生成AIの台頭により、デザインなどのクリエイティブな仕事さえも自動化できるかもしれない時代が訪れようとしています。とはいえ、現状ではまだまだテクノロジーに代替できないことが多いのも事実。デザインでいえば、単に装飾などの見た目を提案するだけならAIにも可能でしょう。しかし、そこに多くの人を共感させる思想を込めたり、環境課題を解決するためのアイデアを盛り込んだりと、さまざまな付加価値を掛け合わせるデザインは人間の得意な領域といえるのではないでしょうか。
 

マツダが2023年に発表した「MAZDA ICONIC SP」は、まさにそうした付加価値が織り込まれたコンパクトスポーツカーコンセプト。マツダのクルマづくりへの想い、デザインへのこだわり、自動車メーカーとして環境課題に取り組んでいく責任と決意など、さまざまな意思が込められています。

「MAZDA ICONIC SP」。一目で気分が高揚する「VIOLA RED(ヴィオラ・レッド)」を採用し、乗る人の気持ちを昂らせるライトウェイトスポーツカーのスタンダードなプロポーションを追求している。また、再生可能エネルギー由来の電力で充電されると、実質カーボンニュートラル燃料での走行が可能となる。

正面から車体を眺めると、ドライバーシートの中央に刃物のような形状の「白い意匠」が施されているのがわかります。これは、広島の特産品である牡蠣の廃殻(廃棄された殻)をもとにつくられた樹脂素材。牡蠣殻をクルマのパーツとして用いるサステナブルなアイデアは、マツダのほか、牡蠣殻の資源利用に取り組む「丸栄(まるえい)株式会社」、環境にやさしい樹脂素材の開発を行なう「ダイキョーニシカワ株式会社」という広島の地元企業3社のコラボレーションによって実現したもの。そこには、マツダの拠点である広島への想い、そしてMade in HIROSHIMAのプライドも込められています。

インディゴ・ブルーを基調とした内装色のなかで、際立つ白いパーツ。廃棄される牡蠣殻を原料とした樹脂素材が用いられている。マツダが掲げる「走る歓び」の象徴でもあるドライバーシートの存在感を際立たせる、シンボリックなデザインだ。

このMAZDA ICONIC SPのデザインコンセプトや廃牡蠣殻をデザインとして有効利用するアイデアに関心を寄せるのが、田辺理世(たなべ・りよ)さん。デザインへの関心が高く、将来は建築の道に進みたい彼女は、今回の見学ツアーに参加した動機をこう語ります。

田辺:

生成AIで消費者の好みなどを分析し、さまざまなデザインを生み出せる時代になったら、私がやりたい建築設計やデザインの仕事そのものがなくなってしまうんじゃないかという不安があります。

 

ただ、だからこそマツダのクルマのようにAIには真似のできない、独自のデザインを突き詰める姿勢が大切なのかなとも感じています。また、最近は持続可能な建築やデザインについても知りたいと思い始めていて、廃棄される牡蠣殻をパーツの素材として使うというアイデアにも興味がありました。


AICJ高校 田辺さん
AICJ高校 田辺さん

夏にアフリカのタンザニアに行き、途上国の建築について学ぶ機会があったという田辺さん。「現地の建物は雨季になったら崩れてしまい、もう一度つくり直さないといけない。それを知って、持続可能な建築やデザインについて改めて考えるようになりました」。

そこで、この日は田辺さんを含む高校生4人を、牡蠣殻が陸揚げされる現場や、廃牡蠣殻を樹脂に混練し、成形する工場へと案内。牡蠣殻という資源がMAZDA ICONIC SPの一部として生まれ変わるまでのお話を聞きました。

「普段食べている牡蠣の殻が……」将来、牡蠣そのものが食べられなくなる可能性も

最初に訪れたのは、広島県安芸郡海田町にある丸栄の海田工場。丸栄では1950年代後半から牡蠣殻の資源利用をスタート。牡蠣のむき身などが生産される際に出る牡蠣殻を回収し、畜産向けのカルシウム飼料を製造する事業を行なっています。また、1967年からは牡蠣殻を砕く際に発生する粉末を原料にした肥料も開発。農作物用の石灰質肥料として全国に出荷してきました。丸栄の沖野靖将(おきの・やすまさ)さんは牡蠣殻の持つポテンシャルについて、こう語ります。


沖野(丸栄):

さまざまな特性を持つ牡蠣殻は、資源として大きな可能性を秘めています。丸栄では飼料や肥料以外にも、牡蠣殻の多孔質構造による調湿・清浄効果を生かした塗料の開発など、多用途での展開を進めてきました。牡蠣殻をアップサイクルすることで、資源の有効活用と環境負荷の低減を目指しています。


丸栄の沖野さん


広島県内で回収された牡蠣殻は海中に半年ほど漬けて保管。殻に残る貝柱などを取り除いたあと、乾燥や粉砕といった工程を経て飼料などに生まれ変わる。


広島県内で生産される牡蠣のむき身は年間約2万トンで、そこから約15万トンの牡蠣殻が発生する。これは野球場一杯分に相当する量なのだとか。丸栄ではそのうち8万トンの牡蠣殻を回収している。

丸栄が牡蠣殻の用途拡大を進める背景には、環境への影響だけでなく、広島の主要産業にもダメージを与えかねない大きな課題があるといいます。

沖野(丸栄):

ここ数年、鳥インフルエンザの影響で飼料の需要が減少しています。そのため未利用の牡蠣殻が増えていて、このままいくといままでどおりのアップサイクルの仕組みを回せなくなってしまう。また、牡蠣殻の余剰在庫が増えると、牡蠣のむき身の生産量そのものを減らそうという動きも出てくるため、地場産業に大きな打撃を与えてしまうんです。そのため、現状でも数万トンはある未利用分の牡蠣殻を、なんとか再利用していかなければいけません。

 

これら未利用分の牡蠣殻を自動車のパーツとして活用できるとなれば、課題解決に向けたインパクトは相当なもの。今回、MAZDA ICONIC SPに牡蠣殻混練樹脂を使用したのは、そのための第一歩と言えます。

「今回は意匠の一つとして牡蠣殻混練樹脂を採用していますが、今後はほかの用途へ広げる可能性も考えていきたいです」。そう語るのは、MAZDA ICONIC SPの外装・内装カラーや素材の選定、デザインを担当したCMFデザイナーの山下美奈(やました・みな)。

山下(マツダ):

私たちマツダのデザイナーは、自動車や運転の楽しみを広げるための新しい素材と表現を常に模索しています。牡蠣殻を使った樹脂は環境にやさしいだけでなく、色味や質感なども魅力的な素材。スポーツカー以外の量産車を含め、さまざまな使い道があるはずです。


今回の取り組みをマツダ側で主導した山下(マツダ株式会社 アドバンスデザインスタジオ デザイナー)


見学中にも次々と運ばれてくる大量の牡蠣殻に、高校生も思うことがあった様子。「私たちが普段食べている牡蠣の殻がどうなっているのか、これまではあまり考えたことがありませんでした。それを考えるきっかけになったという意味でも、陸揚げの現場を見学できてよかったと思います」と田辺さん。

目指したのは「セラミックのような質感」牡蠣殻×プラスチックの新素材

牡蠣殻混練樹脂を本格的に量産車へ導入するためには、強度の向上や品質の安定化など、越えるべきたくさんのハードルがあります。そのための研究開発を行なっているのが、総合プラスチックメーカーのダイキョーニシカワです。


ダイキョーニシカワでつくっているクルマのパーツの一部

東広島市に本社を置く同社では、主に樹脂製の自動車部品を製造。外装や内装に使われる部品の多くを金属から樹脂に置き換えることで軽量化を実現し、自動車の燃費向上に貢献してきました。ダイキョーニシカワで牡蠣殻の樹脂開発を主導するデザイナーの美藤亮(びとう・りょう)さんはこう語ります。

美藤(ダイキョーニシカワ):

私たちはこれまで、燃費向上につながる軽量化を樹脂で追求することによって、環境負荷の低減に貢献してきました。今後は、よりいっそう環境にやさしいものづくりが求められる事を見越して、ダイキョーニシカワでは約5年前からサステナブルな樹脂製品の開発に着手し、そこで着目した材料の一つが牡蠣殻でした。


ダイキョーニシカワで牡蠣殻混練樹脂開発を主導する美藤さん

美藤(ダイキョーニシカワ):

サステナブルな樹脂の開発を開始するにあたって、地場にも貢献できるような樹脂材料にしたいという想いがあり、広島県にゆかりのある素材を探していました。そのなかで、「広島といえば牡蠣だろう」と思い立ち、古くから牡蠣殻の処理や資源化に取り組まれている丸栄さんに相談したところから、牡蠣殻混練樹脂開発がスタートしました。

 

まずは、丸栄さんから牡蠣殻の粉砕品を提供していただき、樹脂に練り込んでいくところから検討し、自動車部品に使用できる材料にするための材料性能と意匠性を両立させるにはどうすればよいか専門チームと試行錯誤を繰り返しました。自動車部品に使用するためには目標規格があるのですが、その目標に対して満足できるレベルの材料開発が進んだタイミングで、マツダさんにこの樹脂を新しい材料として提案させていただきました。

 

その後、2023年7月にデザイナーの山下さんから「ジャパンモビリティショーに出す新しいコンセプトカー(MAZDA ICONIC SP)に、牡蠣殻の樹脂を使えないですか?」とご相談いただいたという経緯で今回の取り組みに繋がりました。

山下(マツダ):

自動車のパーツに使われることが多い金属調メッキパーツは、製造の際に多くのエネルギーを必要とします。環境への負荷が大きいため、それに代わる素材を探していたときに、美藤さんに提案いただいた牡蠣殻の樹脂のことを思い出しました。これを白いセラミック調に加工して使えないだろうかと。

 

最初に見せてもらったときは正直、やや茶色がかっていて、クルマのパーツとして使用するのは難しいと感じました。でも、美藤さんに相談したら「白くすることもできますよ」と力強いお言葉をいただいて、お願いすることにしました。



その時点でモビリティショーまで数か月というタイミングではあったものの、美藤さんはこのチャレンジに乗ることを決意。山下が求める「白いセラミックのような質感」を実現するために試行錯誤を重ねました。

美藤(ダイキョーニシカワ):

山下さんから目指す質感の目標を共有いただき、モビリティショー向けに材料構成を見直す必要がありました。まずは牡蠣殻に混ぜる樹脂の選定からはじまり、配合などを調整しながら理想の質感に少しずつ近づけていきましたね。マツダさんの要望があったからというだけではなく、我々としてもなんとか美しいものに仕上げたい、Made in HIROSHIMAとしての誇りやストーリーを感じてもらえるものにしたいという想いで開発を進めていました。

 

いま、技術的にはすでに量産車に使えるレベルまでは到達しつつあるので、これからは具体的な用途をマツダさんや丸栄さんと一緒に検討していきたいですね。

一番左が廃牡蠣殻。右にいくにつれて粉砕などの加工がなされていく。粉末状にした牡蠣殻に樹脂原料を混ぜることで、石油由来原料の使用量を削減できる。また、牡蠣は生育中に海中のCO₂を吸収するため、カーボンニュートラルに貢献できる材料なのだそう。


高校生たちは研究開発用の樹脂成形の設備を見学。成形機から取り出されたばかりの樹脂パーツはまだほんのり温かい。

チーム広島で、地域と地球の課題を解決

牡蠣殻という広島の資源を有効活用し、地場産業を守りながら循環させていく。そんな理想的なサイクルを回していくうえで、丸栄、ダイキョーニシカワ、マツダという「チーム広島」で一つの仕組みをつくれた今回のプロジェクトには大きな意味があります。

山下(マツダ):

カーボンニュートラルも、再生可能な資源を循環させて化石燃料に頼らない仕組みをつくることも、一社だけではなかなか実現できません。やはり今回のように地域の企業同士がつながることで、環境課題に対して大きなインパクトを出しつつ、地元の課題をも解決していけるのではないかと思います。

そんな山下の言葉に、真剣に耳を傾ける高校生たち。見学前、「AIに真似のできないデザイン、持続可能なデザインついて知りたい」と語っていた田辺さんも、クルマのデザインにここまで多くの人が携わり、パーツ一つにさまざまな想いが込められていることに驚いたようです。

田辺:

牡蠣殻を元にクルマの部品をつくるのは、たくさんの労力がかかることを知りました。でも、地球のためになるって考えたら、とても素敵なことだなと思います。

MAZDA ICONIC SPがデザインされた背景には、環境や土地の食文化といった複合的な要素が存在します。そして、デザイナーだけではなく、さまざまな人々の想いが重なり合ってつくられているのです。

 

そのプロセスは複雑で、情緒を持つ人間同士の丁寧なコミュニケーションの積み重ねがあってこそ成り立つもの。これこそがAIには代替できないデザイン、サステナブルなデザインの、一つの解といえるのではないでしょうか。


建築やデザインの仕事に関心を寄せる田辺さん。地元に眠る資源をうまく活用しデザインに取り入れる取り組みを学んだ経験は、彼女にとって大きな糧になったかもしれない。



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MAZDA ICONIC SPのパーツは、広島の牡蠣殻から生まれた!?-高校生たちがマツダに問う、本当に環境に良いクルマって-


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