マツダは、自動車メーカーでありながら、2010年代からディーゼルエンジン車向けに次世代のクリーンな燃料開発も進めてきました。特に注力しているのが、池や川などに繁茂する植物プランクトンの微細藻類「ナンノクロロプシス」からバイオ燃料を生産するプロジェクト。2017年4月からは広島大学と共同で「次世代自動車技術共同研究講座 藻類エネルギー創成研究室」を開設。並行して、マツダでも独自に工場敷地内で微細藻類を量産するための実験を行なってきました。
2024.10.31
藻で未来のクリーンエネルギーをつくる!?マツダ×広島大学の挑戦〜高校生が問うクルマの未来〜
きっかけは、マツダに届いた一本のメール。
「マツダで研究施設や工場の見学をして、学校では学べない知識と経験を積みたいです」。
送り主は、広島のAICJ高校に通う入江琉奈(いりえ・るな)さん。2024年2月に開催されたサステナブル・ブランド国際会議(東京)を訪れた際にマツダの環境に対する取り組みを知り、興味を持ったのだそう。特に惹かれたのは、マツダが数年前から進めるバイオ燃料の研究開発プロジェクト。海や川などに生息する「微細藻類」から、次世代のクリーンエネルギーをつくり出す試みです。
かねてからエネルギーと地球環境の問題について関心を寄せていた彼女は、学校の授業外でもバイオ燃料にまつわる研究に触れて、サステナブルなエネルギーについて深く学びたいと考えるようになったといいます。
その熱意に打たれ、入江さんを含む4人の高校生に「マツダのサステナブルな取り組み」を知ってもらうツアーを実施することに。経営戦略本部の河崎豊(かわさき・ゆたか)が案内するかたちで、2日にわたり広島にあるマツダの本社工場や研究施設などを見学してもらいました。
第1回で巡るのは、高校生たちとマツダがつながったきっかけでもある微細藻類からつくられるバイオ燃料の最前線。マツダと共同研究を行なう広島大学の研究室や、マツダの工場敷地内に設けられた培養施設を訪ねました。
本当の意味でのCO₂削減とは?マツダ×広島大学が微細藻類のバイオ燃料研究で応える
ナンノクロロプシスが燃料に変わるまで。
ただ、マツダが目指すゴールはナンノクロロプシス由来の燃料でクルマを走らせることだけではなく、ガソリンや軽油の代替燃料として社会に実装していくこと。そして、CO₂の排出を抑え、カーボンニュートラルを実現させること。そのために、協業パートナーとともにカーボンニュートラル燃料の実用化という壮大なチャレンジを続けています。
細胞内で油脂を生成、蓄積するナンノクロロプシス。マツダでは広島大学とともに、効率よく油脂を溜めるナンノクロロプシスを大量に培養する研究を進めている。そこから取り出した油脂を処理すると、ディーゼル燃料として使用できるようになる。
このプロジェクトに強い関心を寄せるのが、入江琉奈(いりえ・るな)さんです。
入江:
中学生のころから環境問題に興味を持ち始めて、環境をテーマにした色々な講座にも参加しました。私自身も節電とか、日々の生活のなかでできることはやっているけど、それだけで本当にCO₂を削減できるのかなと疑問を感じていて。
地球温暖化を止めるには、やはり毎日使うエネルギー自体をクリーンなものに変えていかないといけないんじゃないかと思うようになったんです。そんなときにマツダが微細藻類からバイオ燃料をつくる研究をしていると知って、学校ではあまり教わらない次世代のエネルギーについて、もっと学びたいと思って、マツダにメールしたんです。
マツダにメールを送った入江さん(写真中央)と、同じAICJ高校に通う同級生たち。サステナブル・ブランド国際会議でも交流した経営戦略本部 カーボンニュートラル・資源循環戦略部の河崎豊とマツダ本社にて再会し、さっそく見学がスタート。
移動に使うクルマはマツダの「CX-60 Biofuel」。石油由来の軽油80%と次世代バイオディーゼル燃料20%を混ぜた燃料を使用している。
産学の共創からイノベーションの芽を育てる
はじめに高校生たちが訪れたのは、広島大学の「藻類エネルギー創成研究室」。ここでは広島大学のゲノム編集技術を用いてナンノクロロプシスの「性能」を高めつつ、効率的に培養するための研究を行なっています。教えてくれたのは、広島大学大学院統合生命科学研究科 共同研究講座助教の岡崎久美子(おかざき・くみこ)先生。
岡崎先生:
ナンノクロロプシスは細胞内に最大で50〜60%の油脂を蓄積でき、藻類のなかで最もバイオ燃料の生成に適しています。この研究室ではナンノクロロプシスの遺伝子を操作して油脂生産能力をさらに高めると同時に、より効率よく培養するための条件などを検証しています。
マツダの次世代環境技術研究部門でバイオ燃料などの開発に従事する前田真一郎(まえだ・しんいちろう)らとともに、産学連携のチームで試行錯誤を重ね、燃料開発に取り組んできました。
前田(マツダ):
微細藻類から生成するバイオ燃料は、排出する際の環境負荷がとても低く、なおかつ再生可能で枯渇の心配もありません。現在の化石燃料の何割かをこのクリーンエネルギーに代替するだけでも、環境に対して相当なインパクトがあると考えています。
広島大学の岡崎先生(写真中央)とマツダの前田真一郎(写真右)。広島に根ざす大学と企業が力を合わせ、2017年から研究を続けている。
ナンノクロロプシスは植物と同じように光合成をする小さな生き物。光を浴び二酸化炭素を取り入れて、バイオ燃料に変換可能な油脂を生成する。
向かって右の液体は、微細藻類から油を抽出した状態。ここから水素化などの処理を行ない、燃料として使える状態になったのが左の液体。ここまでいけば、ディーゼル燃料としてクルマを走らせることができる。なお、油を抽出する際に出る残渣(ざんさ)もそのまま捨てるのではなく、自動車の素材の材料にしたり、藻類の栄養成分を活かした健康食品の原料にしたりと、さまざまな活用法を模索している。
光合成下での微細藻類の状態を観測する装置。微細藻類と海水のほか、窒素やリン、カリウムなどが入った培養液に強い光を当てると同時に、二酸化炭素を含んだ空気を通気しながら撹拌して空気中の二酸化炭素を取り込みやすくしている。
政府が目指す2050年のカーボンニュートラル実現に向け、産業界が果たすべき役割と責任は重大。マツダも環境への影響が大きい自動車を製造するメーカーとして、さまざまなアプローチでCO₂を削減するための取り組みを強化してきました。微細藻類を用いたバイオ燃料の開発もその一つですが、広島大学と共同で研究を行なうことになった経緯について、前田は次のように振り返ります。
前田:
マツダはもともと内燃機関(エンジン)に強みがあったため、ハイブリッド車に搭載する内燃機関を高性能化してCO₂排出量を減らし、燃料自体のカーボンニュートラル化にアプローチしていくことになりました。その後、さまざまなバイオ燃料の調査を進めるなかで微細藻類の有用性がわかってくると同時に、実用化するには藻類の性能をより高め、生産性を上げなければいけないという課題も見つかりました。
そこで、広島大学が持つ高度なゲノム編集の知見や技術をお借りして、よりバイオ燃料に適したナンノクロロプシスをつくる研究が始まったんです。
岡崎先生:
このプロジェクトは広島大学としても、また、私個人としても非常に良い機会になっています。私はこの共同研究が始まる以前から、藻類の研究を続けてきました。企業とご一緒することで環境が充実し、より研究を加速させることができますし、大学が持つ研究の力を社会に還元するという意味でも、今回の取り組みにはとても大きな意義があります。
微細藻類の弱い光を観察できる蛍光顕微鏡。培養したナンノクロロプシスの油脂を蛍光試薬で染色して、蓄積の様子を観察できる。
「ホントだ、光ってる!」
ナンノクロロプシスに溜まった油脂を観察することで、微細藻類がバイオ燃料になるイメージが湧いてきた様子の高校生たち。同時にこんな疑問も上がりました。
入江:
一つの細胞内でつくられる油の量が想像よりも多くて驚きました。ただ、微細藻類自体が小さい生き物だから、燃料として使うには相当な量のナンノクロロプシスを培養しないといけないと思うのですが、それって本当に実現できるの……?
数ミクロンしかない藻、どう増やす?量産化・実用化に向けた試行錯誤
ヘルメットを装着して微細藻類の培養所へ移動。
クルマ一台動かすほどの微細藻類をどうやって量産するの?
その疑問に答えるべく河崎が高校生たちを案内したのは、マツダの工場敷地内に設置された微細藻類の培養所。ここでは研究室とは異なる環境下での微細藻類の培養や、安定的な培養が可能になったあとに、それをバイオ燃料に変えていくためのテストを行なっています。
本社工場の発電所横に2種類の水槽を設置。広島大学の研究室と比べて約100倍の規模、なおかつ屋外という環境下で微細藻類を培養するテストを行なっている。
「2つの水槽で違う藻類を培養しているんですか?」
「このサイズの水槽だと、どれくらいの量の藻類を培養できるんですか?」
入江さんら高校生からも、積極的に質問が飛びます。
高校生に説明する前田。前田の夢は、マツダの代名詞ロータリーエンジンに微細藻類燃料を実用化させて走らせること。
前田:
水槽が2つあるのは、例えば同じ環境下で別々の藻類を培養するなど、比較実験を行なうためです。いまは一つの水槽でナンノクロロプシスを、もう一つの水槽では工場の敷地内で採取した別の微細藻類を培養しています。ナンノクロロプシスの培養には海水を、もう一方の微細藻類には淡水を使う必要があるのですが、今後どこかで量産していくとなったときに、その場所ですぐに海水が手に入るとは限りませんよね。実用化の際のバリエーションを増やすためにも、淡水で培養できる藻類の研究も同時に進めています。
また、このサイズの水槽で培養できる藻類の量については、気候条件に恵まれれば2〜3日で1リットルあたり100万株程度のナンノクロロプシスを培養することができます。1,000リットルの培養槽で2週間培養する場合、約400gの油脂が収穫できる計算ですね。
量産という点では広島大学の環境よりも有利ですが、油脂を溜める性能は研究室の藻類に劣ります。いまはこの環境でも高性能な微細藻類を安定してつくれるよう、さまざまな培養環境や条件をテストしている段階です。
こちらは淡水で培養している微細藻類。工場から出る排水を使用している。「工場から出る排水はお金とエネルギーをかけて処理したあとに海へ流していますが、その排水を使って燃料がつくれたら一挙両得ですよね。そのため、最近は排水を使った培養にも力を入れています」と前田。
光や温度をコントロールできる研究室と比べ、季節や天候によって環境条件が大きく変わる屋外は安定培養のハードルが高くなる。また、培養量を増やすと個体あたりの油脂蓄積の性能も落ちるため、いかにパフォーマンスを下げずに量を増やすかが鍵となる。
濁度計を使い、微細藻類がどれくらい増えたか計測。条件ごとに比較・評価し、より安定的に培養できる方法を模索している。
前田:
完全に技術を確立できたとしても、それを市場に出していくとなるとまた別のハードルが生まれます。いまはそれら一つひとつを乗り越えている段階です。
そう前田が語るように、現時点では課題もたくさんあります。
それでも「必ず実用化できる。そう信じて取り組んでいます」と、高校生を前にまっすぐ言い切る前田。その言葉には企業人としての責任だけでなく「サステナブルな自動車社会を実現したい」という、個人的な思いも込められています。
前田:
僕はもともとロータリーエンジンを開発する技術者でした。子どものころからスポーツカーが大好きだったこともあり、その心臓部をつくる仕事に携われるのは大きな喜びでしたが、当時からCO₂の排出に対しては大きな課題意識を抱いていたんです。
いま、僕たちがつくっているクリーンな燃料が社会に広く実装されれば、環境汚染を気にすることなく多くの人が「走る歓び」を感じられるようになり、自動車文化のさらなる発展に貢献できるんじゃないか。そんな未来をつくりたいという思いで、この研究に取り組んでいます。
培養した藻類を乾燥させ、バイオ炭としてマツダの工場内にある火力発電などの燃料として活用することも視野に入れている。
「実用化には時間がかかりそう。でも……」
広島大学での基礎研究と、量産化を見据えたマツダ社内での実験。2つの取り組みを見学した入江さんは、どんな感想を抱いたのでしょうか。
入江:
正直、実用化するにはまだ時間がかかるのかなという印象は受けました。でも、実際に研究の現場を見学させていただいてすごく面白かったですし、将来、本当に微細藻類を使ったバイオ燃料を利用するクルマが世の中に出てきたら、自分も乗ってみたいです。
それから、私はもともとエネルギーに興味があり研究の道に進みたい気持ちがあるのですが、改めて感じたのはまだまだ知らないことばかりだなということ。微細藻類だけでなく、ほかのバイオエネルギーについても学びたい気持ちが強くなりました。
研究の現在地を冷静にとらえたうえで、未来への期待を語る入江さん。その言葉は、前田や河崎たちマツダ社員の胸にも存分に響いた様子。
最後に河崎が高校生たちに語りかけました。
河崎:
クルマをつくってきたマツダがバイオ燃料や微細藻類の研究にまで踏み込んでいるのは、やはりCO₂を削減したいという強い思いがあるからです。ただ、我々だけでできることは限られていて、本気でカーボンニュートラルを実現するには、まわりの方の協力を得て多くの知恵を集結し、解決策を積み重ねていかなければいけません。
そして、そこにはもちろん、みなさんのような若い人たちの力も欠かせないと思っています。4人の将来の活躍を期待していますし、2050年に向けてカーボンニュートラルを目指す仲間として、一緒に頑張っていきましょう。
高校生たちを前に、改めて決意を語る河崎。
映像もお楽しみください
ミクロの藻が未来のクリーンエネルギーに生まれ変わる