だからこそ、私たちが提供する商品・サービスも人々を笑顔にするものにこだわりたい。「技術は誰かを幸せにするものであってほしい」「社会に貢献したい」という想いが根底にあるからこそ、このパーパスにつながったのだと思います。
BLUEPRINTをテーマに、ブランド価値経営を掲げるCEO毛籠の考えに迫ります。北米での実践や組織風土改革を通じて、「選ばれる理由」を磨き、人の力を最大化する組織づくりをひも解きます。
北極星としてのブランドパーパス。あえて「クルマ」を入れなかった。
編集部:
マツダが「選ばれる」ブランドになるためには、人を信じて託す力も必要だと語られていましたが、CEOとして具体的にどのようなことを実践されてきましたか?
毛籠:
私がまず取り組んだのは、ブランドパーパスを制定することでした。マツダ社員がめざすゴール、そして迷ったときに立ち返るための「北極星」となるものです。ブランド価値を生み出すのは他でもない社員だからこそ、彼らが「なぜ、この会社で働くのか」という意義を感じることができ、変化の激しい時代にあっても一人ひとりが迷わず進めるものが必要だと考えたからです。
編集部:
それが「前向きに今日を生きる人の輪を広げる」ですね。
毛籠:
このパーパスにあえてクルマという言葉を入れなかったことに対して「なぜクルマという言葉が入っていないのか!」と、社内では激しい議論が交わされました。でも、若手・中堅からは強い共感がありました。「技術で人を幸せにしたい」「社会に貢献できる技術を創りたい」という声が多く上がったんです。
編集部:
確かに、クルマという言葉が入っていないことについては、私も最初は違和感がありました。
毛籠:
私たちが届けたいのは、クルマそのものではなく、その先にある「人々の笑顔や幸せ」です。だからこそあえてクルマに限定しませんでした。そしてこのパーパスには、広島やマツダという企業に根付いた思想も込められています。被爆からの復興を成し遂げた先人たちは、「明日を思い悩むより、今日を前向きに生き抜く」ことを積み重ねて、平和都市・広島を再び築き上げました。どんなに苦しい時代であっても、人間は前を向いて乗り越えることができる。
編集部:
新しく掲げられたパーパスを実践するにあたって、苦労されていることはありますか?
毛籠:
そうですね、どんなによい志をもった個人がいても組織が目詰まりを起こしては、その情熱は末端まで届きません。上意下達の意思決定、忖度、部門間のサイロ。そういう組織の慣習がマツダにあったこともまた事実で、それが最大の障害になっていました。ですから、組織の構造を抜本的に変えない限り、本当の意味で人の力を発揮することはできません。私はこのことを、北米マツダの駐在時代に身をもって体験しました。
組織の悪習を変えるには?北米マツダで得た気づきと確信
毛籠:
私は現職の前に、北米法人の社長を6年間勤めました。着任当初の組織は、CEOを頂点とした典型的な上意下達型の三角形で、お客さまから一番遠いはずのCEOから、順に指示が下りてくる構造でした。しかもその圧力が強い。一人ひとりの社員はまじめで情熱もあるのに、創意工夫が少なく、個人の力が成果につながっていない状況でした。
企業の実力をどのように捉えるかは様々だと思いますが、私は「社員一人ひとりの活躍の総和」にあると考えています。よく、経営において企業のリソースを考えるときに、その資源を9つに分けて整理するのですが、スモールプレイヤーであるマツダにとって本質的な資源は、「人的資源」「知的資源」「組織資源」「関係資源」「情報資源」に集約されると考えています。この5つこそ、私たちが競争優位を発揮できるからです。
なかでも最も重要なのは「人の力」。人が技術を磨けば「知的資源」が蓄積され、人が誠実に行動すれば信頼という「関係資源」が育まれます。人の力こそ、すべてを動かすレバーです。ところが、そのレバーを機能不全に陥らせるのが組織の悪習。北米マツダの現場を停滞させていた原因は、まさに組織の慣習だったと思います。
このままではいけないと、一番の元凶になっている上意下達のピラミッドをひっくり返しました。そしてブランド価値経営の原則に基づき、全社員がお客さまに向くような組織構造へと抜本的な改革を断行したんです。現場との対話や権限移譲を徹底した結果、わずか2年間で組織も業績も大きく変わりました。
編集部:
具体的にどのような変化があったのでしょうか?
毛籠:
実感として一番大きかったのは、コロナ禍に開始された「エッセンシャル・カー・ケア(Essential Car Care)」という、社員の提案によって実現したプログラムです。これは全米のディーラーネットワークと協働し、医療従事者へ向けて、オイル交換/安全点検/除菌サービスを無償で提供するという取り組みです。これならば、米国に工場をもたないマツダでも販売店と一緒に取り組めると直感し、私はすぐに日本の本社へ掛け合いました。たとえこの取り組みをやらなかったとしても誰からも批判されることはないだろうし、むしろリスクの方が少なかったと思います。ただ、この年に100周年を迎えるマツダとしても、現場に立つ一人の社員としてもこれはやるべきだと判断して、資金をなんとか捻出し、実行しました。
* コロナ禍で尽力されている医療従事者の方々の車両に対して、その銘柄を問わず、無料で消毒/オイル交換を行うプログラム
2カ月間で5万人以上の方に利用いただいたこの取り組みは、その7割がマツダ以外のお客さまでした。販売店の対応力にも感銘を受けましたし、この取り組みを通して北米社員の心が燃え上がり、マツダブランドに誇りをもってもらう大きな原動力になったことが印象的でした。以降も、販売網の改革、新店舗の展開はもちろん、お客さまに寄り添ったブランド体験の提供やカスタマーサービス充実化に対する社員の主体性、現場のスピードが劇的に向上するのを肌で感じていました。こうした現場の変化は実績にもしっかりと現れて、北米市場の販売台数は3年間で1.5倍に成長しました。
編集部:
組織の在り方を変えたことで、社員の主体性や成果にもつながったということですね。
毛籠:
そうなんです。私も改めて「組織の文化が人を動かし、人の力が業績を生む」ことを確信する日々でした。
前提をひっくり返し、風土や文化そのものを変えていく。
毛籠:
ただ、この「人的資源」のレバーが動かなくなる組織の慣習や大企業病というのは日本でもよく起こることで、ここ広島の本社も例外ではありません。ですから、日本でも組織改革に取り組むことを決めました。
編集部:
具体的にどういった取り組みなのでしょうか?
毛籠:
私たちはこの組織改革を「BLUEPRINT(ブループリント)」と呼んでいるのですが、その本質は対話にあると思っています。まずは相手の立場になって傾聴し、「自分の言っていることが正しい」「相手が間違っている」あるいは「同じ意見でなければならない」といった思考から離れ、違いを尊重できるようにマインドセットしていきます。これはいわゆる「多様性」を大切にするということですが、ただ、多様性といっても性別や属性を指しているわけではなく、考え方や価値観の違いを正面から受け止め、互いの良いところを認め合うためのトレーニングだと思っています。
編集部:
そのトレーニングをBLUEPRINTでは同じ立場同士の「横のレイヤー」で進められていますよね。
毛籠:
そうですね。理由は上司から部下への指導ではなく、会社でのポジションが近い者同士で話し合ってほしいからですが、そうすると同じような悩みを抱えていることが多く、共通点があることで互いに共鳴しやすくなるんです。縦割りになりがちな組織にとって、この「横の共鳴」はとても重要です。
2年半で延べ1,000回以上行ったセッションでは、ブランド価値創造の原点である「お客さま」に立ち返えるべく、組織の三角形をひっくり返し、お客さまにどんな感情を抱いてほしいかを徹底的に考えます。そのうえで、上司は「支持」する立場ではなく、すべての行動や意思決定がチームへの「支援」につながるようにマインドセットしていきました。
BLUEPRINT技能系従業員向けセッション(エディオンピースウイング広島)
この「傾聴と対話」「違いの尊重」「横の共鳴」「逆三角形の組織観」を通じて、組織の風土や文化そのものを変えていくのが、BLUEPRINTの取り組みです。私や役員をはじめ、全社員22,000名が必ず一度は経験したことで、何か問題が起きても「叱るよりベストな解決策を一緒に考えよう」という声が聞こえてきたり、かつて活発とは言えなかった職場での労使対話が80%増加するなど、組織風土は確実に変わり始めています。
全社員を対象としたグローバルエンプロイサーベイのスコアでの定点観測において、大きな変化が見られた。
多様性とは、属性ではなく「個々の背景」への想像力
編集部:
BLUEPRINTを通して、どのような組織づくりを目指していますか?
毛籠:
相手を尊重し、違いを受け入れる。さらには、違いを掛け合わせることで、一人ではたどり着けなかった力や可能性を生み出し、それを成果へとつなげていく。そうした強い組織をつくっていきたいと考えています。そう思うようになったのは、欧州駐在時代に13カ国のメンバーで構成されたチームを率いた経験があるからです。メンバーはそれぞれ、バックグラウンドも母国語も、文化や常識もまったく異なります。最初はその違いを埋めようと悪戦苦闘していました。
ところが、あるときから私は違いに焦点を当てることを止め、共通のビジョンやゴールに目を向けるようにしたんです。すると途端に話が噛み合いはじめ、様々なアイデアや意見が出るようになりました。同じ目標やゴール達成に向けて、チームが前向きに動き出したんです。
編集部:
その経験が、社長自身の多様性に対する考え方を変えたのですね。
毛籠:
はい。「違いはよくないもの」ではなく、「さらなる可能性を広げるもの」である。そういうふうに視点を変えるだけで、組織はまったく変わることをここでも身をもって体験しました。多様性というと、性別・国籍・年齢・宗教といった属性で語られがちですが、欧州や北米での経験を通して、多様性の本質とは「個々の背景への想像力」だと感じています。なぜ相手はそう考えるのか、どんな経験や文脈からその言葉が生まれたのか。そこへの想像を巡らせることなしに、本当の意味での強い組織にはなれませんから。
欧州でのBLUEPRINTの様子
編集部:
そうした強い組織をつくるうえで、メンバーが安心して意見を言えるという、心理的安全性の担保も重要になってきますね。多様性をどうマネジメントするか、という問いでもあるのではないでしょうか?
毛籠:
そうですね。実務の現場において意見の対立は避けられませんが、問題は「対立が起きること」ではなく、「どう扱うか」だと思います。一方的なステレオタイプやバイアスはその人自身を見えなくしてしまい、ときに本来の価値を覆い隠してしまうことを忘れてはなりません。
たとえ対立が起きても、まずは相手の意見を変えようとせず、なぜそう考えるのか、その背景に耳を傾ける。そのうえで、「顧客や社会にとって何が前に進むのか」や「ブランド」といった共通の軸に立ち返り、議論の焦点を戻していく。シンプルなことですが、これを自分たちのふるまいの型として持つようにしています。
「変化」は、どんな時代にも必ずやってくる。だからこそ、ピンチをチャンスに。
編集部:
社長も実際に現場を回り、社員との対話を重ねてきたなかで、会社の仕組みが変わったというような実例はありますか?
毛籠:
小さなことから比較的大きなことまでありますが、やはり「組織に壁があるという悩み」をどう解決するかが一番のテーマだと感じています。こんなことやりたい/あんなことやりたいと思っていても、組織の壁がその意欲を跳ね返してしまう。壁を無くすために、時代に適さない古い体制は形を変えるといったことは、組織改編のなかでいくつもやりました。
それから人事について。エンジニアとして誇りを持って仕事をしているけれど、会社が設定するグレードに沿って上へ行こうすればマネジメントに進まなければならない。でも、「マネジメントではなく、技術を世界一にするためにエンジニアリングを極めたい」といった志を持つ人に対し、どのような人事を処遇すべきか。ということにも、今後しっかり取り組みたいと思っています。
BLUEPRINT社長セッションの様子。一般社員と直接話す場を設け、いま感じていることや思っていることを、対話を通じて引き出している。
編集部:
会社を経営するなかで、課題や制約は常につきまとうと思います。そういったものとどう向き合っていますか?
毛籠:
本音を言えば、制約なんて嫌ですよね。だけど、自分たちに何ができるのか?を考えるためには、強みとなるものを見つけなければなりません。そのときに「制約は弱みではなく、挑戦の起点である」と発想を変え、創造力を発揮させていく。それがポイントだと思っています。長所の裏返しは短所であるとか、光が当たれば影が強くなるとか、こういうのは真理ですし、変化はどんな時代でも必ずやってくるものです。だからこそ、制約をどうやって価値へ転換させるかが重要になってきます。
編集部:
マツダはこれまでも、危機のたびに人の力によって制約と向き合い、それを創造へ変えてきました。これから先はどうでしょうか?
毛籠:
今、自動車業界は新たな難局に直面しています。デジタル化やソフトウエア化の急速な進展により、全く新しい競争環境に突入しました。しかし、どれだけAIや自動化が進んだとしても、人の感性や情熱こそ最後の競争力になると私は信じています。
マツダにとって最大の資源は「ひと」です。ビックプレイヤーではないからこそ、少数精鋭で、社員一人ひとりが創造力を存分に発揮できる文化を築くことが何よりも大切だと思っています。「Culture before profit(文化こそ利益に先立つ)」を胸に、これからも人の力を信じ合い、マツダらしい価値を通して、社会に貢献していきたいと考えています。
編集後記
「人の可能性を信じる経営者でありたい」と、毛籠は繰り返し語りました。技術でも設備でもなく、人の想いと情熱こそが、この会社を動かしてきた。それこそが、スモールプレイヤーであるマツダが100年を超えて挑戦を続けてこられた理由であり、これからも人と共に進化していく原動力なのです。ブランド価値経営は、完成されたものではありません。一人ひとりの違いや想いが重なり合い、そこから新しい価値が生まれていきます。その積み重ねが、マツダの未来を形づくっていくのです。