その選択の裏にあった迷いや覚悟、そして「ブランド価値経営」を決意するに至った想い。未曾有のスピードで社会と産業が変化する時代に、何を見つめ、何を信じるのか。なぜ、ブランド価値なのか。CEOである毛籠が見据えるマツダの未来とは?決断の背景にある思考を、編集部がひも解いていきます。
規模こそが正義。そう信じられてきた自動車業界で、量を追い、値引きに走り、誇りさえ揺らいだ過去。スモールプレイヤーであるマツダは何を拠りどころにすべきなのか。その問いを胸に抱えた、若かりし中堅社員であった毛籠は、やがて経営の最前線に立つ。向き合うべきは規模ではない。価値である。
規模から価値への転換。「マツダと出会ってよかった」と思っていただくために、何が必要なのか。
代表取締役社長兼CEO 毛籠 勝弘。1983年入社。グローバルマーケティング本部長、欧州事業、北米事業(Mazda North American Operations)トップ等を歴任し、2023年より現職。
毛籠:
広島で創業して106年。世界130カ国で事業を展開するマツダは、年間新車販売台数130〜140万台とスモールプレイヤーでありながら、世界中の熱狂的なファンに支えられて、独自の価値を築いてきました。
しかし1990年代のマツダは「量の拡大こそ正義」のもとで販売台数を追い、その結果、値引き競争に陥ってブランドが安売りのイメージに染まっていました。会社全体が「もっと売らなきゃ」「もっと大きくならなければ」という論理に囚われていましたね。あくまで私たちは自動車業界のスモールプレイヤーであるはずなのに、まるで自分たちがビッグプレイヤーかのように振舞っていたと思います。
再生を図るべく、1996年からフォードの経営支援を受けて奮起していた最中に、2008年リーマンショックが追い打ちをかけてきます。4年連続の赤字、累計赤字は2,500億円超。「マツダはもう終わった」とまで言われる状況でした。非常に悔しかったけれど、そのとき私は決意したんです。規模で勝てないのなら、価値で勝つしかない。
値引きで売ることをやめ、マツダ車でなければ嫌だと言ってくださる方を一人ずつ増やしていくにはどうしたらいいのか。「マツダと出会ってよかった」「このブランドと長く付き合いたい」と思っていただくためには何が必要なのか。価値とは何なのか。考えた末に辿りついたのは、価値を生むのはシステムではなく、“ひとの心”が“ひとの心”を動かすという原点でした。これがのちにマツダの経営哲学となる「ブランド価値経営*1」として育っていきます。
*1)ブランド価値経営とは、すべての意思決定の中心にお客さまを据え、その心に響く価値を創造しつづけ、選ばれるブランドになるための経営哲学。
ブランドは無形資産。無限に伸ばすことができる。
編集部:
規模ではなく価値で勝負をすると決意されて、舵を切るには、大きな覚悟が必要だったと思います。なぜ社長はその一歩を踏めたのでしょうか?
毛籠:
40代のころに欧州で経験したことが大きいと思います。当時、事業副社長として駐在しながら各国を奔走していたときに、現地で強いブランドをもつ企業を見て気づいたことがありました。それは、企業の優劣を決めるのは規模の大きさではなく、ブランドの価値そのものであること。
資金や設備の規模には限りがありますが、無形資産であるブランド価値は無限に伸ばすことができる。それに気づけたことが、とても大きかったですね。
編集部:
規模で勝負するのか、そうでなければ何で勝負するのか。多くの方が悩まれていると思うのですが、「マツダは価値で勝負する」ことに、迷いはありませんでしたか?
毛籠:
もしリソースが潤沢にあって非常に大きなスケールでビジネスができるなら、それは挑戦してみたいですし、社会的な意味も大きいと思います。しかしながら、マツダのように業界において小さな企業の場合、同じやり方では負けてしまうんです。過去がそうだったように。
だから着眼点を「誰に選ばれたいのか」に変えました。私たちを選んでくれる理由は何だろう?マツダじゃないと嫌だと思ってくださる価値とは何だろう?そこに知恵を出して、独自の価値を生み出すことはできないだろうか。そうやって考えていくと、実はそのすべてが形のないものだったんです。お客さまへ提供する価値も無形ですし、それを創造する私たちのアイデアや技術もまた、無形なもの。だから私たちは、規模の勝負がつきやすいものには挑まない。もし何か制約があれば、それは創造力で解決していくと、決めました。
編集部:
確かに、規模は数値で測ることができますが、無形の価値は見えにくいものです。そうした価値に着目された点が印象的でした。
毛籠:
そうですね。マツダは自動車会社なので商品や技術を研究開発していますが、やっぱり一番大事なのは、お客さまを中心に置いて物事を考えることだと思っています。お客さまが必要としている価値や、心から魅力を感じていただける価値をどのように提供していくのか。そのための手段が技術であり、サービスです。だからこそ、目的と手段を取り違えないことが大切だと考えています。
制約を創造に変える構想力こそ、スモールプレイヤーの真価
編集部:
その考え方は、具体的な商品としてどのように宿るのでしょうか?
毛籠:
商品によりますが、お客さまが購入される価格レンジや必要な機能など、一般的にこれはチケットエントリーだよねっていうものは押さえます。押さえるけれど、そのセグメントの真ん中ではなくて「どこに振るか」を考えるんです。どこかで特徴を出すとなれば、全てに平均点ではいけなくなります。飛び抜けるところはトコトン、譲ってもいいことは潔く考えません。
例えば、マツダ・ロードスター。1989年の発売以来36年にわたり世界で120万台以上が販売され、今なお愛されつづけている理由は、お客さまの顕在・潜在ニーズを徹底的に考え抜いたからだと思います。運転するほどに心が満たされ、いつまでも走っていたくなる「人馬一体の走る歓び」を実現するために、無数の工夫と取捨選択を積み重ねました。
クルマとしては2人乗りですし、荷物も多くは積めないけれど、それでも「広さ」や「利便性」とは異なる価値に魅了されて、あえてロードスターを選んでくださる方がいらっしゃいます。そこにこそ、唯一無二の価値が宿っていると思います。
編集部:
そのマツダらしい価値は、どのような思考プロセスから生まれるのでしょうか。
毛籠:
ロードスターのように、あえて特徴を尖らせて価値を際立たせるケースもありますが、一方で、技術の領域では、二律背反することをブレークスルーするような挑戦も欠かせません。たとえば、エンジンの馬力がいい、パフォーマンスがいい、けれど燃費もいい。これらは本来、相反する要求です。しかし、高効率なガソリンエンジン「SKYACTIV」やクリーンディーゼルエンジンは、そうした二律背反の壁を大きく乗り越えた事例だと思います。
制約があったからこそ、私たちは工夫を重ね、知恵を絞り、他社には真似できない独自の価値を生み出してきました。いわばこの「制約を創造へ変える構想力」こそ、スモールプレイヤーの真価であり、私たちがこれからも大切にしつづけたい姿勢だと考えています。
正解は一つじゃない。技術は、何のためにあるのか。
編集部:
未来に向けても教えてください。2025年のJMSで発表したMAZDA VISION X-COUPEも、内燃機関の排出ガスからCO₂を吸収して「走れば走るほど地球に貢献できる」という従来のアプローチとは異なる発想に見えるのですが、いかがでしょうか。
毛籠:
そうですね。そもそも我々は「内燃機関が好き」というのはありますが、これからのカーボンニュートラルを考えたとき、電動化だけがソリューションのようになっていることに一石投じるような心意気があってもいいじゃないか?という提案でもあります。確かに電気自動車は走っているときのCO₂排出量はゼロですが、製造する工程では充放電もしますし、リサイクルでも大きな課題が出てきます。
マツダが考えるカーボンニュートラルの基盤には、クルマ社会がモビリティ社会へ移るとき「いかに社会コストを減らせるか?」という問いがあるんです。とくにエネルギー自給率が低い日本では、電力をできるだけ使わないことを考えないといけません。その正解は一つではないはずです。では、どうすればいいのか?マツダに何ができるのか?
編集部:
なるほど、ここにも「制約を創造に変える」という発想があったのですね。
毛籠:
VISION X-COUPEで提示したのは、内燃機関にカーボンニュートラル燃料とCO₂回収を組み合わせればゼロ以下になる(減らせる)という可能性ですが、単に環境負荷を減らすという技術の延長ではなく、「人と自然が共に生きる関係を“技術”でデザインする」という、新たな社会モデルでもあります。
編集部:
正解は一つではないという視点が大事だということですね。その前提に立ったとき、「技術は何のためにあるのか」という問いが改めて浮かび上がってくるように感じました。
毛籠:
そうですね。マツダにとって広島は単なる本社所在地ではなく、精神的なふるさとであり、使命の原点です。技術というのは、世の中をより良くして人を幸せにするためにあってほしい。それが間違った目的に使われてしまうのは非常に悲しいことだし、広島に根を下ろしている企業としては、素直にそういう大義を大事にしようって考えていると思います。やはりエンジニアにとって「ありがとう」って言われることは、一番の励ましになりますから。
だからこそ、新しく技術を生み出すときに私は必ず、「人を幸せにする技術か」「社会に貢献できる技術か」「広く普及できる技術か」という3つを自問します。VISION X-COUPEはまさに、走ることで地球を再生するという使命のもと、次の世代へ託すべき技術を象徴するような存在だと思います。
MAZDA VISION X-COUPE
2025年スーパー耐久レース最終戦で、CO₂回収技術の実証実験に成功
編集部:
技術に対する問いは、広島の街とともに歩んできたからこそですね。
毛籠:
原爆の投下によって灰と化した街の復興へ向け、地元企業や地域行政、そして市民が、不屈の精神と決して諦めない想いを胸に、不断の努力を重ねてきました。今日より明日を少しでも良くしようという人々の強い想いこそが、復興の原動力となったのです。その先に、今の広島があります。この歴史のなかで育まれた技術への問いや、「飽くなき挑戦」「ひと中心」という精神は、マツダのDNAとして受け継がれ、今も私たちの中に息づいているのだと思います。
自らも家族や家を失い、深い傷を負いながらも「広島を、自分たちの手で立て直す」という一心で三輪トラックの生産を再開した。被爆からわずか4か月後だった。
編集部:
それは、マツダが掲げるパーパスにもつながっているのではないでしょうか。
毛籠:
そうですね。「前向きに今日を生きる人の輪を広げる」というのはまさに、どんなに苦しい時代であっても、それでも人は前を向いて乗り越えることができるという、広島やマツダという企業の生き様であったと思います。戦後の復興へ向けてみんなで力を合わせた歴史は、これからも世代ごとに受け継がれていくはずです。
商品がいくつ売れたとか儲かったとか、そういうことも事業経営ではあります。でもやはり、正解のない時代に私たちが求められているのは、「自分たちは何のために存在しているのか」「どうすれば世界をより良くできるのか」を考え抜く力だと思います。そのために、自分たちの持っている技術を商品やサービスへ昇華させ、心に響く価値を創造しつづける。そうして愛され、マツダが「選ばれるブランド」になれれば、規模の大小を超えて強くなれる。その信念を私自身が強く持つと同時に、人を信じて託す勇気もまた、経営者として必要不可欠だと思っています。
編集後記
規模ではなく、価値の創造で未来をつくる。 それがスモールプレイヤーであるマツダの進むべき挑戦の道筋だと、自身の経験をもとにブランドのあるべき姿を語っていただきました。そして、制約を創造へ変え、新たな価値を生み出す原動力となるのは、ほかでもない「ひと」なのです。後編では、組織と人の可能性をいかに伸ばしていこうとしているのか。毛籠が描く「ひと」を源泉とした組織づくりについて、聞いていきます。
【コラム】このまちで、技術は何のためにあるのか、問い続ける。
2025年8月6日。終戦から80年という節目の平和記念日に、私たちは社会に向けて一つのメッセージを発信しました。そこに込めたのは、「技術は誰かを傷つけるためではなく、幸せにするためにあり、どんなに世界が変わっても、その願いは決して変わらない」という想いです。これは、社会に向けた宣言であるとともに、技術に携わる私たち自身への問いでもあります。技術は何のためにあるのか。その原点をこれからも問い続けていきたいと思います。
「出典:Pride of Hiroshima 撮影:元圭一」