ソフトウェアエンジニアがつなぐクルマの未来 ―人馬一体のインターフェースをめざして—

技能伝承者と若手技能者
技能伝承者と若手技能者

ゲームとクルマ。レースゲーム以外に接点のなさそうな2つの領域が、ソフトウェアエンジニアリングによって融合しようとしています。

 

より安心で安全、快適な移動体験を実現するため、昨今のクルマ作りにおいては従来のハードウェア領域だけでなく、ソフトウェア領域における高度な技術開発やイノベーションが不可欠です。とりわけ、電動化・知能化が進む次世代のクルマと人間が情報をやり取りするための装置・ソフトウェアを総称した「HMI(Human Machine Interface)」や、ドライバーにクルマの状況を素早く伝え、直感的な操作を可能にする「GUI(Graphical User Interface)」の開発には、ゲームやAI、VR、メタバースといった業界の知見が重要な鍵をにぎっているのです。

 

今回登場する君嶋良太は、そんな他業種からマツダに転職してきたソフトウェア開発のエキスパートのひとり。マツダの次世代のクルマづくりに一体何が起きているのか、HMI/GUI開発の重要性と、彼が考える人とクルマをつなぐマツダらしいインターフェースとは。ソフトウェアエンジニアが描く未来のクルマ像、そしてマツダで叶えたい夢を語ってもらいましょう。


動画は「MAZDA6e」のHMI操作イメージ


仮想世界から仮想現実、そして現実世界へ

ゲームクリエイターやアプリ開発者として活躍されていた君嶋さんがマツダに入社したきっかけを教えてください。

君嶋:

ゲーム業界は比較的転職が多い職種なのですが、私自身も昨年の秋頃、新たなチャレンジとキャリアアップのために次の転職先を探していました。その際、春先に報じられたマツダとUnityのパートナーシップ契約締結のニュースを覚えていて。Unityはゲームやアプリの開発エンジンとして世界中で使用されているプラットフォームで、私も長年扱ってきました。その経験が現実のプロダクトに生かせるかもしれないと興味をもち、マツダにエントリーしたんです。

Ryota Kimishima
Ryota Kimishima

君嶋良太(きみしま・りょうた)。2024年入社。学生時代からゲームづくりや楽曲制作を始め、大学卒業後はゲームアプリの開発やVR・メタバースの制作に従事。マツダでは統合制御システム開発本部 情報制御モデル開発部 コネクティッドソフトウェア開発グループに所属し、ゲーム開発で培ったUnityの知識と経験をクルマのHMI/GUI開発に応用している。

それまではどのようなものを制作していたのですか?

君嶋:

学生時代からゲームやアプリ開発に没頭し、サークルのチームで開発したゲームをイベントに出展したり、個人で制作を請け負ったアプリを企業に納品する仕事もしていました。最初の就職先ではソーシャルゲームやアプリの開発に携わり、2・3社目では聞けば多くの方がご存知だと思われるゲームタイトルの開発を担当。4社目はゲームではなくVR・メタバース業界に飛び込み、バーチャルな空間でリアルなコミュニケーションができるプラットフォームの構築などをしていました。こうしてゲームという仮想世界からメタバースという仮想現実へとクリエイトする領域が少しずつ現実世界にスライドしていく中で、先ほどのマツダとUnityのニュースを見たわけです。

マツダには来るべくして来たような展開ですね。もともとクルマに興味があったのですか?

君嶋:

実は、実家で家族が乗っていたのはずっとマツダ車でしたし、私自身も昔からロードスターに憧れを抱いていたりして。マツダとは不思議な縁があったのかもしれません。

VR avatar
VR avatar

マツダの採用面接に自身がUnityで開発したVRアバター配信ソフトで臨んだ君嶋。テーブルには実際の履歴書と職務経歴書が並べられ、奥のディスプレイや空間上に過去の制作実績を映しだすなど、完璧な「VR面接」で採用担当者の心をつかんだ。

HMI/GUI開発の現在地とソフトウェアエンジニアの役割

君嶋さんが担当している現在の業務を教えてください。

君嶋:

メーターやディスプレイに表示される3Dグラフィックスや、直感的な操作を可能にするタッチパネルなど、GUI(Graphical User Interface)と呼ばれている部分の開発や最適化などが主な仕事です。たとえば「ヘッドライトが点いている」とか「後部座席のドアが右側だけ開いている」など、運転席からは見えにくいクルマの状態を3Dでディスプレイ上に表示したり、エアコンの効き具合を可視化するために、車内をリアルに再現したグラフィックで吹き出し口から風が出ている様子を表現したり。ユーザーが迷わず操作できるように、クルマの状態をリアルタイムでわかりやすく視認してもらうためのインターフェースを作っています。

An image of GUI currently in development
An image of GUI currently in development

開発が進められているGUIのイメージ。ディスプレイにクルマの外観が3Dで表示され、ドアの開閉やライトのON/OFFなどがリアルタイムで視認できる。

クルマ作りにおいてHMI/GUIの重要性が高まっている背景は何ですか?

君嶋:

クルマを走らせる際に求められる操作や情報が飛躍的に増えたことにあると思います。かつてはアクセル、ブレーキ、ハンドルなど最小限のものを操作すればよかったのですが、エアコン、オーディオ、ナビゲーションといった装備が増え、近年ではモーターの制御や先進安全機能の動作に関わるものなど、リアルタイムでドライバーに知らせるべき情報がたくさんあります。これまでは、人間だけが知覚を持って操作していたのが、クルマもそれに近いものを持って動くようになり、自律的にコントロールできる部分も増えました。でもやはり、最終的な判断や操作を行うのは人間ですから。

ちなみに、自動運転の技術が進んだとしてもそれは変わりませんか?

君嶋:

たとえ自動運転になっても、クルマの情報が一切表示されていない状況で、すべてを任せるのは不安が伴いますよね。AIに運転させるにしても、AIがどういう判断で運転しているのかっていうのをきちんと可視化して、誤った判断をした時には人間がそれを止められるような機能が必要です。いずれにしても、クルマの状況を翻訳して伝え、人間による判断や操作をサポートできる、人に寄り添ったインターフェースが今後ますます求められていくはずです。

ではクルマのHMI/GUIを開発するにあたって、ゲーム業界の知見は具体的にどう生かされるのでしょう?

君嶋:

まずは「見せ方の最適化」の部分ですね。ゲーム端末によっては、リッチでリアルな表現を追求すると動作が重くなったり、バッテリーの消費が速くなったり、端末自体が熱をもってしまうといった問題が出てきます。そこでゲーム業界では昔から、端末のスペックの範囲内でより本物っぽい表現に見せるための“デフォルメ”が多用されてきました。この部分はゲームエンジニアやゲームデザイナーにとって腕の見せどころなんですよ。

なるほど。

君嶋:

実はGUIを動かすためにクルマに搭載されているSoC*も、最新のものではないんです。あえて1~2世代前のSoCを使用することで熱対策などの信頼性を担保しているのですが、当然ながら表現力や読み込み速度などは最新のものより若干劣ります。そうした限られたリソースの中で、いかにリアルで分かりやすいグラフィックスを表現し、ストレスなく操作できるインターフェースを実現させるか。そこに私たちがゲーム業界で培った知見やUnityによる開発ノウハウが生かされることになります。

*SoC: System on Chip の略で、CPUやGPU、メモリなど、全体システムを一つのチップにまとめたもの

ディスプレイ越しに手で操作するという意味で、ゲームとタッチパネル式のGUIは親和性が高いように感じます。

君嶋:

ゲームにおいてもHMI/GUIにおいても、操作するときの感触やレスポンスの速さはとても重要で、思った通りに動かないという違和感やストレスを、いかにソフトウェアエンジニアリングの力でなくしていくかが私たちの役目でもあります。その点で、自動車メーカーとUnityのパートナーシップは必然だったんです。

またUnityの導入に関しては、「民主化されたゲームエンジン」であることもメリットとして挙げられます。世界中のエンジニアが活用しているいわば共通言語なので、他社様との共創やコラボレーションもスムーズに行えますし、他業種で活躍するエンジニアを迎え入れることも容易になるのではないでしょうか。


Ryota Kimishima
Ryota Kimishima

人の感情をどう動かすかを常に考えてきたゲーム開発の経験がクルマづくりにも活かされていると語る君嶋。

求めるのは「意識の外にある操作」

君嶋さんが考える、理想のインターフェースとは?

君嶋:

自動車のソフトウェア開発においても、あくまで主役に据えるべきはクルマ自体とそれを操作する人だと思います。だから私は「意識の外にある操作」という考え方を大事にしているんです。意識を向けなければ操作できないUIだと、ゲームやVRの場合は没入感を削ぐことにつながりますし、クルマの場合は本来向けなければいけない安全に対する意識が削がれ、運転自体がままならなくなります。

ドライバーに安全な移動や純粋なドライビングプレジャーを提供するために、HMIやGUIに向けられる意識の配分をなるべく少なくしたい。そんな人とクルマをつなぐ黒子に徹するインターフェース作りが私の理想ですね。

タッチパネルに対しては「押した感覚が分かりにくい」とか「反応が鈍く感じるときがある」という人もいますよね。

君嶋:

それらはタッチパネルそのものだけが原因というわけではなく、背後のシステムやコンテンツ側のUX構築に不備があるケースも多いんです。例えば、ボタンがまだ押せない状態なのに押せる時と同じ見た目になっていて反応しなかったり、ボタンを押したときの判定が小さすぎて押したと思っていても実は押せていなかったり。そういった細かいストレスが、「分かりにくい」「反応が鈍い」という感覚を生んでしまいます。

その点でも今後はUnityを駆使することで、クルマのタッチパネルに最適化したインターフェースの構築が可能になると考えています。意識の外にある操作や違和感を与えないスムーズな操作を実現させる方法は様々。用途によっては物理ボタンがいいかもしれませんし、音声認識やジェスチャー認識といった最新テクノロジーもあります。それらをうまく組み合わせて、人に寄り添い、時代に合った最適なHMI/GUIを実現していきたいですね。

お話を伺っていると、ソフトウェアの力でクルマにイノベーションを起こすというより、既存のクルマにソフトウェアをどう融合させるかに主眼を置いているように感じます。

君嶋:

大前提として言えるのは、クルマがクルマであるために必要な要素は、あくまでシャーシやボディ、パワートレインといったハードウェアであるということ。ソフトウェアはそれを補完するためのものでしかありません。今後もマツダが大切にする「ひと中心」という設計思想に基づき、クルマのかたちがどう変わろうとも、人とクルマの快適で幸福な“つながり”をソフトウェアエンジニアリングの力でサポートしたいと考えています。私たちが所属する「“コネクティッド”ソフトウェア開発グループ」というグループ名にもその考え方が表れていると私は理解しています。

人と人、人とクルマ、そしてミライへコネクトする

このたび、ソフトウェア開発の拠点となるマツダR&Dセンター東京(MRT)が麻布台ヒルズにできました。マツダがこれまで以上にソフトウェアエンジニアリングに力を入れようという狙いが伺えます。

君嶋:

入社当初は霞が関オフィスに出社していたんですが、そこはソフトウェア開発の拠点ではなかったため若干の不自由を感じることがありました。麻布台ヒルズに移ってからは、ビル内に高速で信頼性の高いネットワーク環境が完備されていることもあり、作業環境が大きく改善されました。IT系の企業が都心の最新ビルにこぞって入居するのは、電力面や通信面のインフラが整っているからでもあるんですよ。

Azabudai Office
Azabudai Office

2025年7月から本格稼働した東京本社・マツダR&Dセンター東京。自動車の枠を超えた様々な業界との共創が期待されている。

君嶋:

また、協力会社やメンバー同士のコミュニケーションもFace to Faceでタイムリーに取りやすい環境になりました。人の感情を動かすプロダクトの制作を目指している以上、仕様に則って一人ひとりが粛々と開発作業をするのではなく、仲間との連携やコミュニケーションこそが大切です。

私のチームでも、試作したものは本人だけでなく、他の人にも触ってもらってフィードバックをもらうなど、積極的なコミュニケーションを通じたユーザー目線の開発を心がけています。こうして麻布台の新たな拠点から、「ひと中心」かつ「人馬一体」感のあるソフトウェアをどんどん生み出していきたいですね。

The Azabudai office features many co-working spaces.
The Azabudai office features many co-working spaces.

共用スペースが多い麻布台ヒルズのオフィスでは、業務に関わる相談や報告から何気ない世間話まで、社員同士がコミュニケーションを取りやすい環境が整えられている。

Unity team
Unity team

チームメンバーの前職は、ゲーム、メタバース、VR業界など様々。常に技術の先にあるユーザーを意識しているからこそ、周りの人との向き合い方が大切だと君嶋は語る。

チームメンバーからのコメント

岡田祥一(おかだ・しょういち)

(写真右端)統合制御システム開発本部 情報制御モデル開発部 コネクティッドソフトウェア開発グループ

「チーム内はいつも活気があってにぎやか。ソフトウェアエンジニアというと、黙々とPCに向かって作業している印象があるかもしれませんが、実際は横のコミュニケーションや情報共有が大事なんです。君嶋さんの働きぶりですか? 全体をまとめるリーダー的な存在ですね。はっきりと物を言ってチームを引っ張ってくれるので、とても頼もしいです」

では最後に、君嶋さんがマツダで叶えたい夢や目標は何ですか?

君嶋:

今は目の前の開発業務に従事しながら、コネクティッドソフトウェア開発グループとしてのチームビルディングを並行して進めています。大きな課題に立ち向かうには、一個人の知識や技術以上に、同じゴールを目指す仲間とのチームワークが不可欠。マツダの「ひと中心」や「共創」といった理念を大切にしながら、私たちらしいもの作りを一日でも早く実現させるのが目標です。

 

それともうひとつ。オンライン前提で作られたソフトウェアコンテンツは、サーバーやサービスの終了とともに消えてしまいます。でも自動車は、大切に乗り継がれていったり、ミュージアムなどに飾られたりすることで何年もこの世に残るプロダクトです。例えばミュージアムに飾られているロードスターの中に私が実装したソフトウェアの魂が眠っているとしたら……たとえ100年後であっても、エンジンをかければそのソフトウェアが起動するかもしれない。これってすごくロマンのある話ですよね。

 

いずれは自分がソフトウェア開発をしたクルマが、誰かの心を動かすインスピレーションとなり、未来のソフトウェアエンジニアやクリエイターの新たな創造力につながってくれれば。そんな世代をも“コネクト”するプロダクトを作ってみたいです。

Ryota Kimishima
Ryota Kimishima

クルマの主役はあくまでハードウェアである車体と、それを操る人間だと強調する君嶋。「ひと中心」というマツダの思想は、他業種からやってきたソフトウェアエンジニアにもしっかりと根付いている。

編集後記

 

一見まったく関係ないように見えるゲームづくりとクルマづくり、取材を進めていくうちに、実はとても似ている部分があるのだと感じました。

目の前の景色と操作する人の身体の動きや感覚をひとつに繋げていく、マツダの「走る歓び」がさらに進化していくことを期待しました。

新拠点から始まる新たな共創の物語が、マツダのミライにどう「コネクト」していくのか。とても楽しみです。

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