2025.03.10
MX-30の女性主査3人が語る未来へのバトン。 新たな価値を紡ぎ続けるためには?
「わたしらしく生きる」をテーマとし、お客さまに自然体で自分らしい時間を過ごしていただくことを目指して開発されたコンパクトSUV「MX-30」。
この「MX-30」のゼロからの開発に主査として関わったのは、マツダ初となる女性の主査(※)、竹内都美子(たけうち・とみこ)。その後、主査のバトンはそれぞれまったく畑違いの部署から異動した上藤和佳子(うえふじ・わかこ)、岡留光代(おかどめ・みつよ)へと受け継がれています。
国内外約1,000名規模の関係者を束ね、クルマをかたちにして世に送り出すリーダーとして、彼女たちはそれぞれどんな思いで主査という仕事に向き合ってきたのでしょうか。そして、仕事と向き合うなかで見えてきたマツダの「人」の魅力とは? たっぷりとお話を聞きました。
※開発・生産から販売サービスに至るまで、クルマづくりの全プロセスを統括するプロジェクトリーダー


竹内が開発し、上藤、岡留が引き継いだMX-30
「えらいことになったぞ」。任命されたときの気持ち
竹内:
私は当時車両開発本部というところで、Mazda 2の性能領域の開発を担当していました。その仕事で鹿児島での試乗会に行きまして、帰り支度をしているときに役員に呼ばれて、打診をされました。本当に予想外のことで、「これはえらいことになったぞ」と思いながら広島に帰ったのをよく覚えています。


竹内都美子。1997年入社。社内評価ドライバー、Mazda 2性能開発統括を経て、2015年に商品本部に異動、主査としてMX-30の開発に携わる。2021年に人事本部に異動し、現在は最高人事責任者(CHRO)兼安全・病院担当執行役員として、人の健康と安全に携わる。MX-30は「わが子のような存在」であり、プライベートでも購入して現在2台目。「3台目もMX-30と決めています」。
上藤:
私はお話をいただいたときは生産技術で、クルマの開発から離れた領域を担当していたので、晴天の霹靂で。役員面接の前日、子どもと一緒に公園に行って、ハンモックに揺られながら「明日どうしよう……」って。面接では話せば話すほど不安になって、無責任なことはできないので、自分の弱みや不安も全部伝えました。挑戦の機会をいただけることはありがたいと思いつつ、最初はやっぱり自信がなかったというのが正直なところです。


上藤和佳子。1998年秋入社。車両技術部で国内外塗装工程における新型車の量産準備を12年間担当後、夫の海外転勤を機に3年強の赴任同行休暇、出産・育児休暇を取得。復職後は、生産工程における人間中心の工程設計を担当。2021年4月からMX-30主査。2024年4月から新設された電動車生技部の部長。MX-30のテーマと同じ「わたしらしく生きる」を模索中。
岡留:
私は夫が開発に所属していて、最初、開発の役員からメールを受信したときは、夫宛のメールが間違って私に届いたと思いました(笑)。当時担当していた物流の仕事って開発からとても遠いので、「主査は商品開発の代表者」ってことくらいしかわからなくて。
でも、私が断っても、必ず誰かが引き受けることになる。そう考えたら、「誰かができるんだったら私にもできるかな」と思って、「やらせてください」とすぐに答えました。予想外だったのか、「本当に大丈夫?」と念を押されましたけど(笑)。
私はどちらかというと、自分を変えていくのが好きなタイプなんです。入社から24年物流で働いて、今後について悩んでいた時期でもあったので、環境を変えられるまたとないチャンスだと思って飛び込みました。


岡留光代。1999年入社。入社以来24年間、工場や倉庫の立ち上げ、部品や完成車両の物流など、物流業務に携わる。2024年4月よりMX-30主査。モットーは笑顔を絶やさないこと。「苦しいときこそいかに笑えるかが勝負どころ」。
新しい価値創造、顔見知りのいないチーム。いま明かすリーダーの苦労
—プロジェクト開始当初、竹内さんにはどんなクルマをつくってほしいというミッションが与えられたのですか。
竹内:
「新しい価値を創造してほしい」という、たったそれだけが経営からのミッションでした。それ以外は本当に何も決まっていなくて。私はそれを聞いて、最初は技術や機能のことばかり考えました。
その後、国内外のさまざまな方々にお会いして話を聞き、行き着いた新しい価値が、形あるものではない「空間と時間」でした。
たとえば、5年後の最先端技術がどんな形をしているかはわからなくても、私たちはもっと忙しくなって情報や時間に追われている、それだけは間違いないだろうと。そんななかで、クルマを見た瞬間、開けた瞬間、乗った瞬間に、心がほっと落ち着くような時間と空間——それは絶対にユニークな価値になるだろうと思ったんです。この答えにたどり着くまでに、2年ほどかかりました。
上藤:
私、この話が大好きで。ゼロから物をつくるってどういうことなんだろうって、最初にまったく同じ質問をしたのを覚えています。


—ゼロから物をつくる苦労もさることながら、上藤さんと岡留さんは、まったく違う領域からの異動による苦労も多かったのではないでしょうか?
上藤:
初歩的なことで言えば、会議で使われている言葉がわからなかったですね。でも、主査を引き受けたからには絶対逃げない、わからないことは言い訳にしないって決めていたので、「それってどういう意味ですか」ってまわりにひたすら聞きました。自分の役割を果たさなきゃという一心でしたね。
岡留:
マツダ用語とか、開発の専門家にしかわからない言葉がすごく多いんですよね。私は自分が「ユーザーにいちばん近い開発者」でしかいられないと思っていたので、自分で内容は理解しつつも、ユーザーはもちろん、社内でもじつはわかっていない人たちを代表するつもりで聞くようにしていましたね。
上藤:
本当に、まわりのメンバーには助けられました。最初、引き継ぎのときに竹内さんから「残してあげられるものは人と組織」と言われたんです。人の入れ替わりはもちろんありましたが、初期の頃の方々がつくってくれた陣立て(プロジェクト会議)の雰囲気や文化はたしかに受け継がれていました。
—チームの雰囲気のよさは、はじめからだったのでしょうか?
竹内:
いえ、全然でした(笑)。デザインのことを考えるチーフデザイナーと、ビジネスのことを考える主査って、基本的に二人三脚の関係でプロジェクトを推進していくのですが、当初チーフデザイナーと私はほんとにバチバチで。チーフデザイナーが「こんな素材を使いたい、こんな形にしたい」と言う、それに対して私が「いくらかかると思ってるのよ」と返す、みたいなやりとりをずっとしていました。
岡留:
夫婦みたいですね(笑)


竹内:
ほんとに(笑)。でも何度も話をしながら、いろいろなところでお互いの着地点を見つけていくにつれ、「お互いプロジェクトを心から大事に思っていることは変わらない。立場が違うからぶつかるだけだ」とわかり合えたんです。そうして2人がわかり合えたところに、一人、また一人と仲間の輪が広がっていって。
「MX-30」は、マツダにとって初めての量産電気自動車ですから、わからないことだらけ。だからこそ、各メンバーが「それは私の仕事じゃない」と自分の業務範囲に線を引いていたら、プロジェクトは前に進まないんです。そんななか、自分の役割にこだわらずにみんなでやろうという雰囲気がだんだんできてきて、最終的には私はただうしろから見守っているだけで大丈夫になりました。
—「人と働く」ということの醍醐味が伝わってくる、とても素敵なエピソードですね。
竹内:
私が仕事で悩んだとき、不安な気持ちになったとき、チーフデザイナーが必ずインテリアモデルを貸してくれたんです。まだ実車がないなかで唯一の、きちんと運転席と助手席がある1分の1サイズのモデルです。
不思議なことに、それに乗ると気持ちが落ち着きましたし、自分らしさを取り戻すことができたんです。リーダーとしての孤独感はもちろんありましたが、仲間がいてくれたから乗り越えられたと思います。
—上藤さんと岡留さんも、孤独感を感じることはありましたか?
上藤:
いちばん孤独だったのは最初かもしれないですね。勝手知ったる職場から、誰一人知り合いのいないフロアに移動している時間。でもドアを開けたとき、竹内さんが満面の笑顔で迎えてくれたのでほっとしました。
岡留:
私はあまり、孤独を感じないかもしれません。抱え込むからこその「孤独」なのかなって思うんですよね。最初から抱え込まずに、「私、こんな不安や焦りがあって」と外に出したら、それに対してそっぽ向くような人は、うちの会社にはいないと思いますし、必ず誰かが気にかけてくれる。「一人で頑張れるんだな」ではなく「ちょっと助けてあげなきゃ」と思ってもらえているのかなと思います。


「人ってすごい」。主査になってわかった人間の無限の可能性
—お三方とも、上手にまわりを頼りながら信頼関係を構築されているのが印象的です。
竹内:
私はもともと、クルマが大好きで。クルマとおしゃべりできていれば幸せという感じで、人と接することには苦手意識があったんです。でも、MX-30の主査という立場で、チームに加わってくれた若手のメンバーたちが数年で私たちを支えてくれるようになったりするのを見るうちに、人って面白いなって思うようになりました。
上藤:
本当に、人ってすごいなって思いますよね。こんなパワーを持ってるんだとか、こんなに頑張れるんだとか、何度も思わされました。ロボットやAIもすごいですけど、人の可能性は本当に計り知れない。
—人の可能性を感じたエピソードをぜひ教えてください。
竹内:
私が担当した「MX-30」は、量産開始日が2020年5月19日だったんです。その頃、ちょうどコロナが広がり始めて、マツダもゴールデンウィークの1週間前から全社一斉休業に入りました。そのとき私、「終わったな」って、心のどこかで思いました。「量産開始日を守れないかもしれない……」って。
でもそのうちに、各領域のリーダーから連絡が入って。なんとか量産を立ち上げるため、「プロジェクトチームのこの人だけは出社を認めてほしい」というリストが送られてきたんです。私に「会社から出社の許可を取ってほしい」と。
みんな諦めてないんだ、と胸が熱くなりました。危機的な状況を、マニュアルになんか書かれていないやり方で打破していく、人の力のすごさを感じましたね。
上藤:
私が主査だった頃には、マツダ独自の技術として世界で初めて実用化に成功したロータリーエンジンを、MX-30に搭載するプロジェクトが動き出しました。量産化の目途がなかなか立たない状況が続いていましたが、そんなときも、最後までみんな諦めなかった。マツダで働く人って、とにかく真面目で、やりきるという意思を持った人が多いんです。誰に文句を言うでもなく、「いま自分ができることは何か」を考えて、自発的に動く。本当に素敵だなって思いました。


—みなさんが考えるよいチームとは、どんなチームでしょうか?
竹内:
メンバー全員が、絶対にブレない一つの目標を持っているって、ものすごく強いんですよ。MX-30の場合は、「お客さまに喜ばれる、価値のある1台をつくろう」ということに加えて、「マツダ初の量産電気自動車として、絶対に品質問題を起こしてはならない」という命題が大きくありました。
その目標に対して、それぞれ立場が違うゆえに意見がぶつかることもあるのですが、それをすべて吐き出させるのがチームリーダーの役割だと思います。反対意見を言う人には、必ずそこに至った思いがあるはず。まずはリーダー自身がしっかりと受け止めながら、対立する意見をメンバー同士で聞き合える空間をつくることは、すごく大事です。
—そのために、リーダーとしてどんなことに気をつけていましたか?
竹内:
伝えるよりも、まず聞くことですね。「徹底的に聞く」ということはとても忍耐がいることです。でも、本気で相手の意見に興味を持って、親身になって聞くことこそが、コミュニケーションの入口。それをしっかりやって初めて、「これだけ聞いてくれるんだったら、相手の言うことも少し聞いてみようかな」って、こちらの想いを伝える、伝わる土台ができると思います。
—上藤さん、岡留さんはいかがでしょうか?
上藤:
もう、大事なことは全部出ちゃいましたね(笑)。やっぱり考え方が同じなんだなと安心しました。いま竹内さんがおっしゃったことを実践することによって、メンバーがチームのことを自分ごととして捉えられるようになるはずです。「誰かのことじゃなくて、自分がやるべきこと」って思うと、人ってすごいパワーを発揮できると思うんです。
岡留:
話を聞くときに、説明してくれる人の視線にいかに合わせられるかは大事だと思います。父親に言われたことなんですが、立場が上の人って、そこに至るまでの階段を上っているから、途中の景色がどんなものかわかるんだけど、まだ上っていない人はいま自分が見ている景色しかわからない。だから、より多くの景色を知っている上の立場の人が、相手の視点に合わせて話を聞かないといけないと。
そのうえで、自分の視点を活かして「こういうふうに見方を変えてみたら?」などと相手の話を広げていってあげる。そうすると、チーム全体の力も上がっていくんじゃないかなと思います。


挑戦する姿勢が「MX」。部署や役割が変わっても、チャレンジし続けたい
—上藤さん、岡留さんと、領域の異なる部署からの任命が続いている理由について、ご自身で思い当たるところはありますか?
上藤:
そうですね、難しいけど……。マツダとして挑戦をしていくクルマに対してつけるのが「MX」という名前なんです。そういう意味では、私たちも「MX」なのかなって。MX-30というクルマ自体、「新しい価値を創造する」というミッションに応えてつくられたクルマで、マツダ初の量産電気自動車でもあり、技術的にも新しい挑戦をたくさんしている。
そんななかで、私たちをリーダーに据えるということは会社にとっても挑戦だし、私たち自身も挑戦のチャンスをいただいているのが、MX-30というプロジェクトなのかなと思いました。


岡留:
一方で、マツダのなかではそれほど突飛な話でもないんじゃないかなとも思うんです。うちの会社って、自分の強みや興味に応じてポジションに応募できる制度があるんですよ。それを思うと、上司がプレーヤーの経験や素質、強みを理解して異動を勧めるか、自分で理解して手を挙げるかの違いだけなんじゃないかなと。ただ、私や上藤さんの場合は変化の幅が大きかったので、その分たしかにチャレンジではあったと思います。
—最後に、今後のキャリアにおいて、どんな挑戦をしていきたいか教えてください。
岡留:
いま上藤さんが言ってくださったように、MX-30ってマツダ初の量産電気自動車でありながら、ロータリーエンジンというマツダを象徴する存在を踏襲した、会社にとっても大きな挑戦だと思っています。これまで先輩方が紡いできてくれたこの大切な存在やそこにかけてきた想いを、私も紡いでいきたいです。
マツダが今後出していく次世代のクルマにバトンをつないで、そのときに「マツダがこうなるためにMX-30があったんだね」っていう、種明かしになればいいなと思っています。
竹内:
私は開発に20年以上いたあと、人事本部というまったく違う場所に異動になりました。会社にとって、社会にとって、人事って血液みたいなものなんです。血流がよければ会社は生き生きとするし、淀みはじめると全身が悪くなってしまう。
私にとっては新たな挑戦になりますが、これからマツダの血流をもっとよくして、もっと元気にしていくために、会社の人事制度にひとつ大きな変革を起こそうとしています。人って成長するためには、コンフォートゾーンを一歩抜け出さなければならないと思うんです。今回の新たな挑戦を通じて、自分自身もさらに成長させることができると信じています。また、今後の人生を通して、これまでいろんな人から受けてきた恩を、「恩送り」していきたいです。
上藤:
私はいま、新しい部門で、新たな組織をつくるという挑戦の最中にいます。ときどき迷子になりつつも、いま自分がやるべきことを見失わないようにという意識や、人の力を借りなきゃいけないところは素直に言うという姿勢には、主査時代の経験が生きていますね。
入社したときからずっとまわりに助けられてきて、主査になるときも、背中を押してくれた上司がいたので、次は、私が新しい挑戦をする人たちの背中を押す側の人間になりたいと思っています。
子どもが生まれてしばらくは、まわりにも迷惑をかけると思って、仕事はペースダウンしていた時期もありました。でもマツダは、そのときどきの自分のペースに寄り添ってくれる会社だなって思ってて。いまの自分を見て、「あの人3年以上休んでたのに、また戻って、違う領域で頑張ってるんだ」「自分も頑張れるかも」って思ってくれる人がいたらすごくうれしいですね。


編集後記
三者三様のキャラクターながら、「人への興味」という大きな共通点が浮かび上がった今回の取材。和気あいあいとたくさんの笑顔があふれ、互いへの信頼感で支えられた「チームMX-30」の雰囲気のよさを垣間見たような気持ちになりました。
また、組織づくりやチームメンバーとの向き合い方のお話については、組織で働く社会人にとって参考になる話ばかり。「誰かと一緒に働く」ということの面白さ、素晴らしさについてあらためて感じました。
彼女たちの新たなる挑戦。MX-30プロジェクトを糧として、今後のマツダにどんな機運や変革をもたらしてくれるのか、未来が楽しみになる取材でした。