次世代へつなぐ「魂動デザイン」の金型技術 ―モーションキャプチャーで叶える技能伝承者たちの想い―

技能伝承者と若手技能者
技能伝承者と若手技能者

日本の産業は、長らく職人や熟練技能を持つ「匠」たちによって支えられてきました。しかしいま、その貴重な存在が日本の製造業から失われつつあります。近年、少子高齢化と技能継承者の減少により、熟練の技を次世代へつなぐ仕組みそのものが問われており、マツダもその課題に直面しています。

 

その課題に向き合うマツダが導入したのが、意外にも「モーションキャプチャー」という最新技術。映画やゲーム業界などで用いられてきたこのテクノロジーを、匠や匠の卵の「動き」の可視化に応用し、ものづくり現場の技能伝承に役立てようという試みです。

 

今回は、その取り組みの最前線に立つ二人、ツーリング製作部の技術エンジニア佐伯千春(さえき・ちはる)と、トレーニングを担当する須賀実(すが・みのる)を取材しました。なぜモーションキャプチャーを使うのか? どのように職人の高度な技能を継承していくのか? 現場のリアルに迫ります。



匠の技を伝承していく難しさを、モーションキャプチャー技術で解決

モーションキャプチャーはどのように活用されているのでしょうか?佐伯と須賀が勤務するマツダ本社の「技能道場」へ話をうかがいに行きました。

エクステリアデザイン担当高橋耕介
エクステリアデザイン担当高橋耕介

マツダ本社内にある技能道場。モーションキャプチャーを活用した技能伝承が行われている

ここではモーションキャプチャーを使った若手技能者育成を行っているとお聞きしました。お二人はどのようにモーションキャプチャーを活用しているのでしょうか?     

佐伯:

私が主にモーションキャプチャーを使ったデータ計測、分析を担当し、須賀は技能の考察と指導を担当しています。

 

モーションキャプチャーは、もともと映画やゲームなどエンターテイメントの世界で、3Dによるキャラクターの動きをよりリアルにするために作られたものです。マツダでは、クルマのボディーパーツ製造に必要となる金型*¹製作の技能伝承に、この技術を活用しています。体に特殊なマーカーをつけ、複数のカメラで動きを計測し、匠と若手技能者の違いを見える化(数値化)しているんです。

 

*¹ クルマのパーツを成形するための原型のこと。大きな製造機(プレス機)の上下に金型を設置し、一枚の鉄板を挟むことでパーツが成形されるので、金型の精度が出来上がりに直結する。

エクステリアデザイン担当高橋耕介
エクステリアデザイン担当高橋耕介

ツーリング製作部 技術エンジニア 佐伯千春。広島生まれ広島育ち。祖父が大工の棟梁。小さい頃から家に大工さんたちが来て、木を削って家を造っていく姿を見ていたので、自然とものづくりに興味を持ち、その後、マツダのものづくりに対する姿勢に共感し、故郷である広島に貢献したいということがきっかけで入社

モーションキャプチャーの技術を技能伝承に採用した背景を教えて下さい。

佐伯:

マツダでは、特に高度な技能を持つ職人のことを「匠(たくみ)」と呼んでいます。ですが、匠の技能や知識、とりわけ言葉や数値で説明しにくい「暗黙知」を継承していくのは難しいことなんです。

 

少子高齢化と職人のなり手不足のなかで、その説明しにくい部分をどうやったら伝えられるか、私の前任者がいろいろな技術を調べていたところ、モーションキャプチャーなら匠の技能を見える化(数値化)できるのではないかということになり、採用しました。

須賀:

モーションキャプチャーでデータを取って比較すると、「この部分ができていない」ということが一目瞭然になるので、教わる側も納得しながら改善に向かうことができるんです。

エクステリアデザイン担当高橋耕介
エクステリアデザイン担当高橋耕介

ツーリング製作部の須賀実。自身も匠であり長年、工場で職長を勤める。10年前から技能伝承者として若手の指導に専念。思うように若手の技能が伸びず悩んだ時期もあったが、モーションキャプチャーでは、足りない点ばかりでなく、よくできている点まで明確に示すことができるため、より褒めて育てやすくなった

デジタルモデル担当伊藤政則
デジタルモデル担当伊藤政則

モーションキャプチャーを装着した若手技能者を 熱い眼差しを送りながら指導する須賀

数ミクロンの調整が必要?最後は人の手でマツダ「魂動デザイン」を実現

モーションキャプチャーを導入後、技能伝承は最初からスムーズにいったのでしょうか?

佐伯:

結構難しかったですね。最初は動きを真似すれば技能も伝わると思っていたのですが、実際使ってみるとそう簡単にはいきませんでした。

須賀:

人の動きはすごく複雑で、莫大なデータが取れるんです。だからどのデータを使うのかがとても重要で、使い方次第では方向性が違ってくるので選ぶのが大変です。

佐伯:

あまりに大量のデータがとれるので、そこから匠の特徴をどう取り出すのかが一番難しいですね。そこからの分析方法や、分析結果の考察の仕方にも苦戦しました。分析する者がいるだけでは駄目で、やはり技能を持っていて匠の技を持つ者の考察もないと、データの解明はできない。そこで、匠で指導者でもある須賀と二人三脚で「どのデータが重要か」の分析を進めています。

須賀:

互いの疑問をぶつけ、考えをすりあわせる。それを何度も何度も繰り返しながら、今のかたちがやっとできあがりました。じつはデータを分析すると、同じ匠同士でも「勘」や「コツ」が違ったりして、動きが異なる場合があるんです。私も現場を離れてから時間がたっているので、実際は現役の匠である高橋さんを呼んで三人で相談することも多いです。


デジタルモデル担当伊藤政則
デジタルモデル担当伊藤政則

データ解析中の佐伯を囲む須賀と高橋(右)。三人で相談しながら匠技のメカニズムの解明に挑む

佐伯:

そういった分析のなかで、「匠の技能」は、外見として現れる身体動作だけではなく、視線の向け方や体重のかけ方、筋肉の動きなど、見えない部分が非常に大切だとわかったんです。そこで視線の計測や動作データを基に筋活動量の解析なども行って、指導に活かしています。


デジタルモデル担当伊藤政則
デジタルモデル担当伊藤政則
見た目だけでなく、力の入れ方も重要なのでしょうか。

佐伯:

そうですね。匠の技には、動きだけじゃなくて筋肉の使い方や作業の持続性に“コツ”があります。

長時間かかる金型仕上げ作業において体への無理のない効率的な使い方で、長く安定して作業できるのが匠技の特徴なんです。

しかし AIやロボット技術が主流のいま、マツダのクルマづくりには、なぜ人の手が必要なのでしょうか。

佐伯:

クルマは主に鉄板でできており、ボディーパーツの製造には金型が必要になります。金型の精度は、そのままクルマの完成度に直結します。マツダでは、金型を機械加工で高精度に製作したあとに、手仕上げで「魂動デザイン*²」という付加価値をつくりこんでいるんです。

 

「魂動デザイン」は、連続した面の陰影や光の変化によって、生き物が持つ動きの美しさと生命感を表現しています。その美しさを追求する私たちは、数ミクロン単位の精度で金型を作らなければなりません。

須賀:

数ミクロンずれるだけで光の反射が変わってしまって、まったく違う形に見えてしまいます。機械加工だけではどうしても限界があって、「魂動デザイン」を実現するためには最終的に人の手が必要なんです。金型製作の最終段階では、デザイナーが何度も工場を訪れ、匠と一緒に確認を繰り返し完成度をあげていきます。

 

*²生き物の「生命感」や「躍動感」を表現し、クルマに魂を吹き込むことを目指したマツダのデザイン哲学

デジタルモデル担当伊藤政則
デジタルモデル担当伊藤政則

「魂動デザイン」を実現するためには、金型を製作する際に「匠」の手による最終仕上げが必須

「見よう見まねで」の時代から「デジタルで学ぶ」

実際にはどのようなトレーニングが行われているのでしょうか? 若手技能者の田代宝義(たしろ・たかのり)、現役の匠で指導をサポートする高橋良輔(たかはし・りょうすけ)にも話を聞きました。

実際にモーションキャプチャーを使ったトレーニングを受けてみて、いかがですか?

田代:

言葉だけだとわからない部分も、データだと目に見えるので理解が深まりますね。自分の作業で駄目なところが明確になりますし、いいところはさらによくすることができていると思います。一歩一歩階段で立ち止まるのではなくて、エスカレーター式のような感じで効率的に学べている気がします。

 

やっぱりいまの自分の技術だと、まだお客様に渡せるレベルまでには達していないです。自分も匠と同じレベルかそれ以上を目指していきたいと思っています。匠を見ると、すごく楽に作業されていますし、スピーディーで仕上がりもきれい。自分の作業とどこに差があるのかいつも考えています。実際に削る作業をすると、自分ではやったつもりがほんの少しの差が出るのでやっぱり難しい。自分と匠の技ではなぜ差がでてしまうのか、それがこの技能道場だと定量的に教えてくれるので画期的だと思います。

技能試験 技能試験
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モーションキャプチャーをつけて作業をする若手技能者の田代。匠の前でこれまでの実習成果を見せる、緊張の時間

田代さんのこれまでの研修成果を見られていかがでしょう?

高橋:

僕らが若い頃の匠の先輩たちは「見て盗め」「真似して覚えろ」という文化でした。教える側も難しかったと思いますし、教わる側も技能の上達に時間がかかっていたんです。

須賀:

そうそう。「どけ、わしがやる」と言われたこともある(笑)。

高橋:

いまはモーションキャプチャーで、難しい細かい動きが数値として見えるようになったから、教える側と教わる側の「感覚の差」が埋まりやすいんですよね。目に見えて上達レベルがわかるので、教えがいもあります。

MAZDA ICONIC SP当時の振り返り
MAZDA ICONIC SP当時の振り返り

若手技能者の田代を見守る匠の高橋(右)。現役の匠であり、技能伝承の指導をサポートもしている


MAZDA ICONIC SP当時の振り返り
MAZDA ICONIC SP当時の振り返り

データがあるから能力を発揮できる。生き生きと働ける職場へ

マツダのものづくり技術を伝承させていく想いを再び二人に聞きました。

須賀:

私が現場で職長をしていた頃、なかなか思うように若手の技能が伸びず、どうすれば技能がちゃんと伝わるか悩んでいた時期があったんです。教える側と教わる側のあいだにどうしてもギャップが生まれてしまう。人の動きはすごく複雑なので、教わる側はできているつもりだけれど、私から見ればできていないことがよくあります。いくらやっても成果が出ない時期がありました。


いまは、画像とかデータをいろいろ見て、若手の上達度がはっきりわかる。その上達のスピードを見て、すごいなと感じるんです。そして、そのポジティブな感情をそのままストレートに若手にも伝えられるようになりました。とにかくうまくできたら必ず褒める。そうすると、若手も自信がつくし、自分も指導者として成長できているなと感じます。

佐伯:

技能を見える化(数値化)することで、若手の方の自信にもつながるところはすごく良いことだと思っています。

 

いままでのきつい、厳しいの技能伝承じゃなくて、技能を定量化することで、その人の能力を最大に発揮させられる。そうすると、みんなが生き生きと働けるのではないかなと思います。お客様の人生を輝かすクルマを作るためにも、マツダの人がより前向きに働いていけるような技術を作っていきたいです。


モーションキャプチャーを取り入れるようになって、技能伝承はどう変わりましたか?

佐伯:

いままで匠になるには20年近くかかるといわれていたのが、より早くなりました。いま、匠と認定されている人は19人もいるんですよ。技能階級は、データをもとに認定していて、特定の技能であれば5年ぐらいで身につけられるようになりました。

 

従来の技能伝承(左図)とモーションキャプチャ―による技能伝承(右図)における匠育成期間の短縮

須賀:

やはり新しい匠が増えるのはとてもうれしいですね。匠になるための階級を超えたときは、私たちもですが本人もすごく喜んでいます。

佐伯:

匠になったときは、認定式を行います。ただ匠になっただけでなく、これからは後輩の指導や、今後の技能伝承にも協力してもらうようお願いしています。そのときに、顔つきが変わるんですよね。訓練をはじめたときと違う、表情が引き締まるというか。それを見ると、人の成長に貢献することができたと感じるので、自分もうれしくなります。



今後の課題や展望についてはいかがでしょうか。

須賀:

まずはいまのシステムを継続することを大事にしたいですね。データというのは次の世代にも引き継いでいけます。匠各々にも特徴がありますから、そのデータを活用しながら新しい技術を取り入れてより精度の高い指導ができるようにしていきたいです。

 

佐伯:

マツダにはほかにもさまざまな技能があるので、モーションキャプチャーを活用して技能伝承を展開していければと思っています。また長期的な目標としては、地場のサプライヤーさんも含め、関連企業全体で技能伝承を進める体制を築いていけたらと考えています。

 

MAZDA ICONIC SP当時の振り返り
MAZDA ICONIC SP当時の振り返り

左から現・匠の高橋、計測・分析担当の佐伯、考察・指導担当の須賀

編集後記

 

マツダが心をときめかす美しいデザインにこだわり続ける限り、ひとからひとへと受け継がねばならない匠の技。「技能道場」では、データを通して若手技能者が自己成長を実感し、指導者が自身の指導と弟子の成長を誇りに感じる。そして、匠になってからも互いのデータを通して匠同士で切磋琢磨し合うことができる。職人と技術者の誇りが溢れる、働きがいのある職場だと感じました。

 

今後、ほかの技能でもモーションキャプチャーのような新しい技術の活用で、日本の製造業を担う匠が多く輩出されていくことが楽しみです。

【本編映像】

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関連リンク

マツダのモノ造りの美学   >

 

KODO: SOUL OF MOTION

マツダ技報 >

 

デジタル動作解析による技能伝承システムの開発と実用化、マツダ技報2021 (No.38) P.127-132

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