ものづくり革新2.0に秘められた想いとは? マツダが目指す日本の生産現場の未来

100年に一度の変革期と言われるなか、自動車業界において生産現場にも大きな変化の波が訪れています。そんな中、マツダは2025年3月18日に開催された「マルチソリューション説明会」で電動化時代における「ものづくり革新2.0」について説明しました。長きに渡ってマツダの生産現場の最前線で汗を流してきた常務執行役員の弘中武都も一部解説を務めました。果たして「ものづくり革新2.0」とは一体どのような取り組みなのでしょうか。「ものづくり革新1.0」を振り返りながら、その裏に隠された想いや生産現場の未来について語っていただきました。 

自動車業界のいまとマルチソリューション戦略

走る、止まる、曲がるといったモビリティとしての基本的な性能だけでなく、電動化に知能化、脱炭素を通じた地球温暖化の抑制など、現代の自動車に求められるものは多岐に渡ります。年々その要求は高まってきており、それに応えるのもまた自動車メーカーの責務といえるのかもしれません。 

 

そんな現代の自動車産業において、クルマ開発とともに重要なキーとなるのが生産技術です。「スモールプレイヤー」であるマツダは、一体どのような取り組みを行い「100年に一度の大変革期」と言われる自動車業界の荒波を乗り越えようとしているのでしょう。「ものづくり革新2.0」について、そしてその裏に隠された想いについて、常務執行役員を務める弘中武都(ひろなかたけと)に伺います。 

弘中武都(ひろなかたけと)。1988年にマツダに入社し、30年近く製造部門に従事。その後、2016年にタイにあるマツダパワートレインマニュファクチャリング(タイランド)Co. Ltd.,の上級副社長、2018年より同社の社長兼CEOを務めた。帰国してからは生産技術や物流を担当し、現在は常務執行役員として生産技術のほかにグローバル品質やカーボンニュートラル、コスト革新などに取り組む。愛車はCX-80とアテンザ(MAZDA6)。  

100年来の大変革期と様々なメディアでも言われていますが、現在において自動車メーカーは世の中から何を求められているとお考えですか?

弘中:

もともとは自動車業界の変革を象徴するキーワードとして「CASE」*という言葉がありました。メーカーは電動化や知能化といった様々な価値をもったクルマを提供できるようになるべきという考え方です。それと同時にクルマそのものだけでなく、生産工程も含めた事業単位の脱炭素といった社会課題の解決が必須となってきています。現代の自動車メーカーは、それらに対していかに貢献していくかが求められてきていますね。

 

*CASEとはConnected(自動車のIoT)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(所有から共有へ)、Electric(電動化)の頭文字をとった造語で、自動車業界のみならず社会全体に変革をもたらすと言われています。

もはやクルマを作るだけでなく、社会課題全体の話につながってきますね。

弘中:

その流れに呼応するように、クルマそのものに興味を持っていただく方がいる一方で、企業としての環境に対する姿勢に共感してクルマを選ぶ方も増えてきています。そう考えると、単にクルマとしての良し悪しだけでなく、クルマを通じて生活が豊かになるといった、スペックには表れない価値を提供していく必要もある。さらにいえば電動化や知能化、あるいはカーボンニュートラルを念頭にクルマの開発や生産を行うと、どうしても種類が増え、コストも上がってしまいますが、 お客さまにリーズナブルな商品をお届けするのも同時に求められているんです。

求められる要件が年々増していく中で、マツダが掲げるマルチソリューション戦略とはどういったものなのでしょうか。

弘中:

世界各国の電源構成、規制、お客さまのニーズ、ウォンツ、ライフスタイルは多様です。その中でカーボンニュートラルとビジネス成長を両立するためには、エンジン車、バッテリーEV、ハイブリッド車などのあらゆる選択肢を提供することが重要となります。ビッグプレイヤーなら豊富な資産をもとに全方位的に進めることができますが、マツダは業界においてスモールプレイヤーですから、スモールプレイヤーなりの戦い方があると思っています。さらに最近ですと日本だけでなく中国をはじめとするEVメーカーの台頭はすさまじいものがありますから、そういうところとも戦っていかなければいけません。 

生産部門においてはどんな取り組みをされているんでしょうか?

弘中:

まずここで紹介しておきたいのが、2006年からスタートさせた「ものづくり革新」です。私たちの企業規模で様々な機種を生産するとなると、どうしても生産効率が落ちてしまいます。ビッグプレイヤーに負けないためには、どうやって効率を上げるのか——そこをまずは考えました。キーとなったのは保有資産の有効活用です。開発の工数、生産のリソースをフル活用し、生産ラインを100%稼働していくということ。そうして生まれたのが、様々な車種を1つのラインで生産する「混流生産」だったんです。

混流生産の様子。複数のクルマが1つのラインを流れている。 

マツダのものづくりを語る上で避けて通れないキーワードですね。

弘中:

そうです。従来なら開発が設計したものをもとに生産が製造工程を考えていくんですが、そのやり方だと車種が増えるたびに新しい生産設備を導入する必要があり、非常に効率が悪い。そこで、5年や10年先までを見据えてどんなクルマを出すべきなのかを、開発と生産が一緒になって考える「一括企画」というやり方を推進してきました。

開発と生産が一緒に。革新的な取り組みですね。

弘中:

通常ならクルマの骨格を決めるときに生産側が意見するということはあり得なかったんですが、開発と生産が最初から一緒になって物事を考えて、工程や使う設備を揃えていけば混流生産ができるようになると考えたわけです。それが「ものづくり革新1.0」。今や色々な種類のクルマがあたかも1車種であるように同じラインで流れています。生産効率はもちろん、同じ設備を長く使い続けられるので投資効率もいい。そんなマツダならではのやり方を、ものづくり革新1.0では実現することができました。

お話を聞いて革新的だと思う反面、生産と開発が肩を並べることに軋轢や障壁はなかったのでしょうか?

弘中:

もちろん開発、生産のどちらにもストレスはあったと思います。ただ、このころからある取り組みを始めたんです。それは、工場や生産技術のメンバーが入社してすぐに開発部門へ異動し、3年間ものづくりの源流を学ぶというものです。また、同時期にマツダらしい取り組みをもうひとつ始めました。

具体的には?

弘中:

クルマのデザインは粘土でつくったクレイモデルをつくり、その後、実車としてカタチにしていくわけです。当然ながら機密性が高いものなので、いくら社内とはいえ、デザイナーが他部門である生産側のメンバーに見せてくれることはまずありませんでした。しかし、ものづくり革新1.0をスタートさせたころから、生産メンバーにも見せてくれるようになったんです。デザイナーが何を意図しているのか、デザインのポイントはどこにあるのか。それを理解しているかいないかで、生産設備の構築の仕方が大きく変わってくるからです。

おっしゃる通りそれを見るのと見ないのとでは、考え方が大きく変わりますね。

弘中:

そういった活動をデザインだけでなく、開発部門とも根強くやってきました。そうすることで、互いが歩み寄るようになり、開発は生産のプロセスを、生産は開発の意図を理解しようとする流れが生まれてきました。そもそも開発やデザイン、生産側のメンバーも「いいものをつくろう」「世の中に感動を届けよう」という共通の考えが根底にあったからなのだと思います。余談ですが、マツダでは生産部門も開発部門も同じ建物内で働いており、そういう「いつでも相談しにいくことができる」という物理的な距離の近さも上手く作用したと思います。


ものづくり革新1.0から2.0へ。さらに進化するマツダの生産戦略

今回説明された「ものづくり革新2.0」とはどういったものなのでしょうか?

弘中:

ものづくり革新1.0のときのように、効率を上げていくという考え方に変わりはありません。ただ、昨今はそこに電動化や知能化、ソフトウェア開発といった、多様性の幅がさらに広がっています。その中で「ものづくり革新 2.0」は、これまで積み上げた資産を活用しながら、より高い柔軟性と効率性を兼ね備えたものづくりを目指し、マツダ独自の強みをさらに進化させる取り組みです。

そのように多様性の幅が広がるなかで、マツダではどのような対応をされているのでしょうか?

弘中:

よく聞かれるのが「EV専用工場を作らないのですか」ということ。しかし作る必要はないと考えています。なぜならものづくり革新1.0で既に混流生産を実現しているからです。そしてそれをものづくり革新2.0でさらに進化させています。その具体例のひとつが工場内を自由に動きまわる自動搬送機「AGV(無人搬送車)」の採用です。パワートレインの組み立てラインでは、搭載位置の異なるクルマでも、自動的に位置を調整して搭載できるAGVを導入しており、バッテリーEV専用の電動ユニットも搭載することができます。


ものづくり革新2.0では、バッテリーEVがきてもガソリン車がきても同じラインで柔軟に組立てができるよう、「AGV」を活用し始めている。作業の柔軟性を向上させることができ、グローバルのお客さまに様々な選択肢を効率的に提供できるようにしている。  


効率化に関して言えば、ものづくり革新1.0で果たされているように思いますが、さらに効率をよくする領域があるのでしょうか?

弘中:

これまではどちらかというと社内を中心とした効率化を考えていましたが、これからはサプライチェーン全体において効率的なものづくりを構築していこうとしています。クルマを作る部品の80%以上は社外の取引先からなので。

社内だけでなく、サプライチェーン全体で考える、と。そう考えだしたきっかけはどこにあるのでしょう?

弘中:

コロナ禍ですね。部品、物流、人の流れが完全にとまり、サプライチェーンの脆弱性が浮き彫りになったことがきっかけです。部品調達先の最適化を図ったり、ソフトウェア領域でもサプライチェーン全体での効率化をつきつめていきます。自動車の多様性が広がれば広がるほどサプライチェーンは複雑になっていくので、シンプル化に向け改革していくことは必須だと考えています。

サプライチェーンの構造改革にあたりすでに取り組んでいるのが、電動化にあたって増加する電子制御デバイスの削減である。これまでは海外の取引先でハードウェアをつくってソフトウェアを書き込んでいたためサプライチェーン上の在庫が増えていた。そこで、車種共通のソフトウェアだけを海外の取引先で書き込んだものを調達し、車種ごとに種類が異なるソフトウェアは、「Factory OTA (Over The Air)」という無線通信技術を用いて社内工場で書き込みを実施。これにより、サプライチェーン内の在庫を4分の1に減らせるとともに需要変動に柔軟に対応できるようにもなっている。 

他にもマツダらしい取り組みはありますか。 

弘中:

お客さまのウォンツやニーズにいち早く対応したいと思い、「デジタルツイン」という生産設備の準備期間の短縮を図る取り組みも進めています。モデル化とデジタル技術を活用して、仮想空間で生産ラインを設計して、ロボット間の干渉がないか、動きに無駄がないかなど、量産前の事前検証を行うんです。実際にコロナ禍のときにアメリカで工場を立ち上げたのですが、そのときにもデジタルツインを活用して準備時間を大幅に短縮することが出来ました。 

自動車のトレンドや顧客のニーズが変化する速度が年々上がっていくなか、メーカー側もそれに応えていく必要がある。生産現場で必要とされるのは、日々の生産改善だけでなく、立ち上げまでの準備時間の短縮だ。従来であれば実際に現地の工場に赴きプログラムのインストールや調整を行っていたが、「デジタルツイン」があれば仮想空間で生産ラインを設計して事前検証を行うことができる。デジタルツインを活用することにより、生産設備単体だけでなく、ロボット群としての生産ライン全体の稼働を事前検証できるようになり、圧倒的な量産準備の高速化ができるようになった。

様々な取り組みをお伺いしていく中で、ひとつ疑問に感じたのが、なぜ他社ではできなくてマツダではそれが実現できるのでしょうか。

弘中:

デジタルツインをやるにしても、そもそも生産設備のデジタルデータがないと実現できません。前述した通りものづくり革新1.0では、新車種が出るたびにラインを構築するのではなく、今あるラインをどう有効に使うかという考えがベースにある。そうすると自ずとそこで得たノウハウやインストールした設備のデジタルデータが、資産としてずっと残るわけです。

なるほど。

弘中:

はい。これらがクルマづくりにおけるマツダらしさ、他社との大きな違いではないかと思うんです。他社の技術者もマツダの工場に見学にこられますが、マツダの取り組みを見て「本当に混流生産だし、本当にデジタルツインをやっているんですね」と驚かれることが多いんです。10年以上前から生産技術はデジタルのデータベースで仕事をするようになりましたし、広島の地場の製造業の方々もマツダに駐在していただいて、デジタル技術の共有を行っています。当初は部分的ではありましたが、それが徐々に輪となって広がってきている感触があります。



ものづくりは人づくり

知的財産の共有とそこから生まれる地場との共創。これもものづくり革新2.0のキーワードですね。

弘中:

実は社内でやっている自動化やDX、カーボンニュートラルの取り組みを社外の方にお見せする「技術展示会」を7年ほど前から行っており、昨年からは生産するうえでの様々な要素技術もそこでお見せするようにしています。技術展示会は広島で行っているのですが、昨年は2日間で1,000人もの方に足を運んでいただきました。取引先も技術をお持ちのところが多いので、お互いの強みを生かす必要がありますし、私たちが所有する技術を取引先にも活用していただくことで、日本のものづくり全体を底上げしたいと考えています。 

2024年11月に開催された技術展示会の様子

技術展示会の反響はいかがでしょう?

弘中:

すごいですよ。技術的なこと、コスト的なことはもちろん、仕事のプロセスを変えていくようなことまで、問い合わせの内容は多岐に渡ります。マツダはクルマを作るメーカーですが、クルマを作るのはやっぱり人なんです。すでに取引先とは人材交流だけでなく、人材育成の領域も一緒に取り組み始めています。

ものづくりは、人づくりである、と。

弘中:

マツダは過去から現在に至るまで、広島の色んな方々に支えられて今があります。だからその恩返しではないですが、技術展示会や人材育成を行うことが地場を盛り上げ、日本のものづくりを強くしていくことにもつながってくる、そう考えています。

弘中さんが考える生産現場のあるべき姿があれば教えてください。

弘中:

いま、AIや生成AIが日々ニュースになっていますが、創造的な仕事は人間にしかできないと思っています。ものづくりのプロセスを見ると、人間がやらなくてもいい領域はまだまだたくさんあるので、それに関してはどんどん機械に任せればいい。しかし、そこで得られた情報をいかに次の価値創造につなげるかというところは人間にしかできません。先ほどおっしゃってくださったように、結局のところ「ものづくりは人づくり」。人づくりは未来永劫続くものなので、それを1つ1つ積み重ねていけるような未来になればいいと思っています。 

お話を聞いていると、とてもワクワクしてきました。最後にもうひとつだけ質問させてください。マツダのクルマは、これからもっと面白くなりますか?

弘中:

なりますよ。電気自動車ひとつとっても他社とはまったく違うものになると思います。詳細はまだここでは言えませんが、期待していてください。


編集後記

 

「ものづくり革新2.0」におけるマツダの様々な取り組みに驚くとともに、弘中さんご自身のものづくりに対する熱い姿勢にも感銘を受けました。「ものづくりは、人づくり」とのこと、社内だけでなくサプライチェーン全体を巻き込んだ新しい取り組みから、どんな面白いクルマが生まれるのか今から楽しみです。 

Share
  • X
  • Facebook