今回のビジネスセッションには、毛籠勝弘(もろ・まさひろ / マツダCEO)の他、環境・サステナビリティコンサルタントの松沢優希(まつざわ・ゆき)さん、国際ジャーナリストのモーリー・ロバートソンさん、リチウムイオン二次電池の発明により2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰(よしの・あきら)さん、三菱自動車工業 取締役 代表執行役社長 兼 最高経営責任者の加藤隆雄(かとう・たかお)さんらが登壇しました。
2024.11.20
毛籠CEOがジャパンモビリティーショーで語る、カーボンニュートラル実現に向けたマツダの未来予想図
環境省は2050年までのカーボンニュートラル(CN)実現を目標に掲げています。
そんななか、2023年12月、マツダはカーボンニュートラル実現に向けた2050年までのロードマップの中間目標を発表し、具体的に施策を進めています。2024年10月に幕張メッセで開催された「ジャパンモビリティショー(JMS Biz Week)」では、これからのモビリティのあり方を語り合うパネルセッション「未来モビリティ会議」が開催され、有識者を交えたビジネスセッションにマツダ株式会社 代表取締役社長 兼 CEOの毛籠勝弘が登壇。毛籠が語ったロードマップ発表後の展望をレポートします。また、記事後半ではマツダCEO・毛籠勝弘への単独インタビューをお届けします。
世界情勢の変化とカーボンニュートラルの現在地
左から松沢優希さん、モーリー・ロバートソンさん、吉野彰さん、毛籠勝弘、加藤隆雄さん。
会議の冒頭で「カーボンニュートラルの理想と現実」というテーマが掲げられるなか、「世界で14億台以上の自動車が流通しているが、EVの普及率はまだ1%ほどにとどまっている」という論点が提示されました。
各国で異なるバッテリーEV普及率。
ジャーナリストのモーリー・ロバートソンさんは原因として、中東・ロシアの情勢不安の影響でエネルギー価格が高騰していることを指摘します。
モーリーさん:
インフレから守られる資産を持っている人たちはエコ、カーボンニュートラル、EVにいくのですが、そうではない人たちは、単純に電気代もガソリン代も高いし、すべて光熱費が上がっているのに、なぜEVを買わなきゃいけないんだ、と思っていますよね。
モーリーさんはアメリカ大統領選、先日のドイツ州議会選挙でも電力問題が大きな争点となったことを例に挙げた。
こうした厳しい状況で、毛籠はバッテリーEV以外の選択肢も担保しておくべきとします。
毛籠:
近年リチウムイオン電池の技術革新があり、バッテリーEVがカーボンニュートラルの有力な手段として注目を集めてきました。しかしモーリーさんのおっしゃるとおり国ごとの政策、インセンティブ、充電インフラ、価格、普及には課題が多いというのが消費者からのリアクションで、いろいろな条件が揃うまで急激な進展は難しいという見方もあります。
一方で、地球温暖化も刻々と進んでいますから、われわれの持っている技術を総動員し、他の業界と連携して、現実的に炭素を足元から引き下げていく総合的なアプローチを取ることが大切ではないでしょうか。
バッテリーEVの開発のみに注力するのではなく、いまあるさまざまな手段も用いながらカーボンニュートラルを目指すことが重要だ、と語る毛籠(写真中央)。
コンサルタントの松沢優希さんは、自動車のライフサイクル全体で環境負荷を評価すること、資源循環の重要性の2点を指摘しました。
松沢さん:
バッテリーEVは製造時にガソリンエンジン車の2倍のCO2を排出するといわれており、また電源構成や走行距離によっては環境に良いとはいえない研究結果も出ています。バッテリー車に必要なリチウムやコバルトなどの原材料は生産国が限られ、政情不安により供給が滞る可能性があるため、原材料をうまく循環させていく必要があります。しかしバッテリーのリサイクル率は低水準にとどまっており、リサイクル体制を構築していくことが大切です。
環境・サステナビリティコンサルタントの松沢優希さんは具体的なデータをもとにバッテリーEVの環境評価を語った。
毛籠はこの指摘を受けて、次のように述べました。
毛籠:
資源循環に関しては、社会全体としてサーキュラーエコノミー(資源の効率的・循環的な利用を図りながら、付加価値を最大化する社会経済システム)に向かって努力していかなければなりません。
ライフサイクルに関しては、クルマは現状99%リサイクルできています。これは、長年かかって経済合理性を成立させてきた皆さんの努力の結果です。今後はEVのバッテリー回収の問題が出てくるので、いかに再生していくか技術的なチャレンジをしていくことになると思います。
マツダの車のライフサイクルアセスメントの考え。
日本の自動車業界で推進するマルチパスウェイ戦略
カーボンニュートラル実現のために、日本の自動車業界が取り組んでいるのが「マルチパスウェイ戦略」です。毛籠はこう説明しました。
毛籠:
高効率の内燃機関や電動化デバイスを組み合わせるなど、さまざまな技術を用いてカーボンニュートラルへの移行を図っていこうという考え方です。日本の自動車産業は内燃機関、ハイブリッド、バッテリーEV、プラグインハイブリッドなどユニークなパワートレイン(モーターやバッテリーなど、自動車の推進力に関係する装置類の総称)を持っていて、軽自動車、乗用車、大型車、二輪までフルラインナップの商品を展開しています。
日本の得意分野を活かして、お客さまのニーズ、ウォンツ、ライフスタイルに合致した技術的な解決策を提供して使っていただくことが、変化を進める現実的な手段であり、この考え方がマルチパスウェイ戦略です。
国や地域の状況、環境に適応させるマツダのマルチソリューション。
では、EVは果たして最適解なのか。この点についても毛籠が答えました。
毛籠:
電気はガソリンなどの液体燃料と比べてエネルギー密度が大幅に低く、40分の1から80分の1程度なので、(重量が大きい)飛行機、船、クルマにはポータブルな液体燃料が一般的に適しているといわれます。われわれから見ると、カーボンニュートラル燃料(CN燃料)も含め使っていくことが、日本の強みを活かしていく取り組みではないかと考えています。
コンサルタントの松沢さんはマルチパスウェイ戦略だけでなく、リマニュファクチュアリングの視点を持つことの重要性を強調しました。
松沢さん:
既存車を長寿命化させていくことも重要です。たとえば50%の部品をもとにリマニュファクチュアリングしたガソリンエンジン車は、電動車よりも環境的なメリットが高いという研究結果もあります。米中欧はリマニュファクチュアリングを戦略的にとらえ、原材料の安定的な確保、コスト削減、雇用の創出につなげていこうとしています。
カーボンニュートラル燃料、カーボンキャプチャ技術……カーボンニュートラルから生まれるマツダのイノベーション
カーボンニュートラル実現のためにはイノベーションが必要になり、そこにビジネスチャンスも生まれるはず。自動車会社は果たしてどんな取り組みを行なっているのでしょうか。両代表が自社事例を紹介しました。
加藤さん:
太陽光発電パネルを家に取り付けて、電力をマネジメントするシステムの販売斡旋も行なっています。晴天時は発電した電気を室内やクルマに給電し、逆に日照のないときはクルマのバッテリーから室内に給電する、あるいは社会全体で電気が不足しているタイミングでクルマから社会に戻してあげる。このエネルギーマネジメント(エネマネ)は、今後需要が高まってくると思います。
また、クルマで使った廃バッテリーは、リパーパス(目的を転じて別の製品に組み込んで再度活用する)というかたちで道路の街路灯に転用することも試験運用を進めており、今年度から商用化する予定です。自社だけではなく他社や電力会社、自治体と協業していくことが大事だと思っています。
毛籠:
2021年から国内のスーパー耐久レースに参加し、カーボンニュートラル燃料の実証実験を行なっています。われわれは微細藻類の研究を進めていて、ここから燃料も取り出せますし、タンパク質も取り出せるので健康食品にも転用可能です。また微細藻類を用いた工場排水のクリーン化にも取り組んでいます。
微細藻類を用いたカーボンニュートラル燃料を利用することで、CO2排出量を減らすことができます。日本には約8,300万台のクルマがありますが、仮にいまの燃料に3%混ぜるとすると、約250万台分のカーボンフリーになる。さらに、いま開発を進めているカーボンキャプチャ技術(CO2を回収・貯留する技術のこと)を組み合わせることで、将来的には走れば走るほどCO2ネガティブになる(大気中のCO2を減少させる)という夢に挑戦しているところです。
マツダのブースで展示した微細藻類由来の油が燃料に加工されていく様子。
ジャーナリストのモーリーさんは三菱自動車のリパーパスの取り組みからインスピレーションを受けたようです。
モーリーさん:
私の妻が古い服をミシンで縫合し直すなどのいわゆるリメイクをやっていて、すごく素敵だなと思うんです。日本にはそういう文化がある。街路灯がじつは昔、クルマの電池だったと思うと誇らしいですよね。いろんな日常がつながっていると感じられたら、カーボンニュートラルを自分自身の課題としてとらえられますよね。
開発者の吉野さんは、オゾンホールという大きな課題を各国が協力して解決した例を挙げます。
吉野さん:
いろんな方がいろんな苦労をされた結果、2000年近くにだんだん穴が小さくなり始めて、このままいけば2050年には完全に戻ります。国連もいっていることなのですが、これは人類が大きな大きな課題を克服した1つの実例になるかと思います。(カーボンニュートラルという)次の人類共通課題も2050年には克服できますよと、そう私は思います。
オゾンホールという人類の課題を各国が協力して解決した例を挙げる吉野さん
このようにさまざまな角度からカーボンニュートラルに迫った「未来モビリティ会議」。
コンサルタントの松沢さんは最後に、「こういう場では『日本のものづくりがいかに勝つか』という議論になりがちななかで、今日は『日本のものづくりが世界にどう貢献していくか』というお話が多く、印象的でした」と語りました。まさに、カーボンニュートラルに対しては勝つ / 負けるではなく「共創」の世界観で挑んでいく必要がありそうです。
当日は立ち見も出る盛況となった。
【毛籠CEOに単独取材】カーボンニュートラル燃料から生まれる新たな「つながり」
セッション後に社長の毛籠への単独インタビューを実施。今回の議論の内容を振り返ってもらいつつ、マツダの戦略についてもより詳しく話を聞きました。
今日のセッションではバッテリーEVが唯一の正解ではないこと、製造過程などライフサイクル全体のなかでCO2を減らしていくことが重要、という話が出ていました。この点について毛籠社長はどう感じましたか?
毛籠:
マツダは2000年代から、クルマの材料の採掘、運搬、組み立て、搬出、リサイクルなどクルマのライフサイクル全体をとらえて安全と環境に配慮した製造を行なってきました。ですが過去2年は特に、メディアの皆さんから「バッテリーEVが将来の技術なのに、なぜすべてのリソースを注ぎ込まないんだ」と聞かれることが多くありました。直近でバッテリーEVの伸びが鈍化していることが注目され、ようやくわれわれの取り組みが理解いただけるようになってきたと感じています。
マツダが注力している微細藻類由来のカーボンニュートラル燃料の話も出ていました。実用に向けてさまざまな課題がある中、多くの人が利用するためには、低価格化も必要になりそうですね。
毛籠:
需要が増えれば、量産効果によってカーボンニュートラル燃料のコストはどんどん下がります。エネルギー企業はある程度需要の見込みが立っていなければ、設備投資に踏み切れないですよね。ですから、需要に見込みがあることを見せるためにも、実証実験を進めているんです。
マツダのブースで展示された特別仕様のCX-80。カーボンニュートラル燃料を使用した走行実証実験で用いられている。
消費者の側が「少し価格が高くても、地球のためにカーボンニュートラル燃料を使おう」と意識を変えることも必要になりそうです。
毛籠:
そのためには、社会全体での協力が必要になります。数年前からコンビニでレジ袋が有料化されましたが、環境省が「地球のためにプラスチックを減らしましょう」と呼びかけて実現しましたよね。国からの働きかけも非常に重要です。
一方で、「燃料メーカーではないマツダがカーボンニュートラル燃料を開発することにどんなメリットがあるんだろう?」と疑問を持つ人がいるかもしれません。
毛籠:
われわれはクルマをつくることが大好きな人間の集まりなので、エネルギーメーカーになろうとは思っていません。ですがカーボンニュートラル燃料の開発にはたくさんのビジネスチャンスがあり、そこにスタートアップ企業や、いろんな人が集まってきてエコシステムが広がる。これまで自動車業界は垂直統合型だといわれてきましたが、ビジネスが水平につながっていくかたちになれば、と思っています。
最後にあらためて、カーボンニュートラル実現に向けて大切だと思うことを教えてください。
毛籠:
自動車会社だけが発信していてもカーボンニュートラルはなかなか進まないと思います。社会にとって大きな課題であると同時に、一人ひとりにとって身近な課題でもある、そのことを皆さんのライフスタイルのなかで実感していただくのが一番いいですよね。
モーリーさんがおっしゃったように服のリメイクでもよいですし、松沢さんがおっしゃったようにリマニュファクチュアリングのクルマに乗ってみるのもいい。三菱自動車の加藤社長がおっしゃったようにリパーパスの嬉しさを感じるのも、非常にいいことです。
そういった一つひとつの行動や体験が、すべてつながっている。そのことを、消費者だけではなく政府や企業も一緒に参加し、感じることができれば、社会全体でカーボンニュートラル実現に向かっていくことができると思います。
生活のなかで「つながり」を実感できる機会が増えることが大事ですね。毛籠社長、今日はありがとうございました!
編集後記
地球温暖化という大きな人類共通の課題に、国や企業、個人に何ができるか? この喫緊の問いに、吉野さんのオゾンホールのエピソードは、希望を与えるお話でした。さまざまな分野の専門家が集まり、意見交換を行ない、試行錯誤することで解決の糸口が見えてくる。MAZDA MIRAI BASE編集部も発信を通して、カーボンニュートラルという共通ゴールに向けて取り組む人々をつなげ、前向きな人の輪を広げていきたいと思いました。