当時は女性がクルマを運転することはまだ珍しく、反対する両親を押し切ってまでクルマに乗ったと言います。そこまで強い意志を持って押し通したのは、初めてのことだったそうです。
2025.03.31
RX-7と過ごした25年間、最後の3日間、“友達”が残してくれたもの
西本尚子さん。長崎県在住のRX-7ユーザーです。
55歳の時にRX-7を購入してから25年間、大切に乗り続けてきました。
そして、ご自身の80歳の誕生日に、免許返納と共にクルマを手放すことを決めました。
譲渡先はマツダ。
マツダへの受け渡しが目前に迫る中、西本さんの想いと、RX-7が残したものとは。
別れまでの、最後の3日間を取材しました。


この記事では、動画では描ききれなかった、西本さんとRX-7のつながりをさらに深掘ります。
運転に魅せられた女性、西本尚子さん


運転をする西本さん。熟練のテクニックは、狭い道や車庫入れもなんのその。ギアチェンジを行う姿はほれぼれするほど格好いい。
西本尚子さん(取材当時79歳)。
21歳で免許を取得し、同年にクルマを購入した、大の運転好きです。
普段は穏やかな西本さん。しかし、話を進める中で、運転のことになると現れる子どものような目の輝きに、話を聞く全員が驚かされました。
輝いて見えた、RX-7との出会い


当時西本さんが持っていたカタログ。25年間大切に保管されていた。開くとブルーのRX-7に手書きの赤いマルがあり、当時の「欲しい!」という気持ちが伝わってくる。
以前の愛車の寿命が近づき、新しいクルマを探しながらも、ずっと決めきれずにいたとき、息子さんと見ていた『頭文字D』のアニメで目を奪われたのが、RX-7(FD)。
すぐにマツダの販売店に向かい、パンフレットの表紙に掲載されていたブルーの車体を希望したところ、店員から薦められ、シルバーを購入。季節の色、空の色を反射してさまざまな姿を見せてくれるシルバーのRX-7と過ごし、「シルバーでよかった」と嬉しそうに語ります。
購入から25年間、一度も欠かしたことのないコーティングも、美しい車体を守り続けていました。
別れの決意と、RX-7の“行先”


駐車場の位置は、リビングの正面。「ここから見るRX-7の姿が好きなの」と語る西本さん。「もうすぐ見えなくなっちゃうわね」と少し寂しそうに笑った。
「何かあってからでは遅いから」そう思って78歳のときに「80歳で免許を返納すること」を決意しました。そして、RX-7は誰か大切に乗ってくれる人に譲ることを決めたそうです。
譲渡後、RX-7はマツダでメンテナンスされ、西本さんと過ごした面影は残しつつ、性能を最大限取り戻します。そして広報車として、クルマの魅力を広げ、新しい人の輪を作り出す新たな役割を担うこととなります。
“相棒”の未来を聞いた西本さんは「RX-7がうらやましい。若くきれいになれるのね」と笑っていました。
クルマがつなぐ、“親子”


海辺での撮影会。取材中、ずっと感じられたのは長崎の美しさだった。海と山と、歴史に彩られた町。誠さんの写真には、その風景もまた魅力的に収められていた。
RX-7を手放すことを決めてから、息子の誠さんが西本さんを連れて写真撮影に行くようになったそうです。被写体は、RX-7と西本さん。
なぜ写真を撮るようになったのか、誠さんはこれまでお母さんに伝えることはなかったそうです。しかし、撮影当日のインタビュー、カメラの前で初めて理由を語りました。
「お母さんの思い出になるから」
「初めて聞いたよ」と小突くお母さんに「聞かれなかったから」と笑う誠さん。
深夜までした撮影、帰りに食べたラーメン、そんな出来事を楽しそうに語る親子を見ていると、これまで一緒に出かける機会の少なかった二人に、RX-7がたくさんの思い出を残していくようでした。






西本 誠さん撮影。「私の写真を撮ってくれるなんて思っていなかった」と語る西本尚子さん。美しい風景の中にたたずむ表情は、いつも晴れやかだ。
最後の写真撮影は稲佐山。長崎の街並みが一望できる展望台です。
25年間を共に過ごした街の明かりに照らされるRX-7を見ながら、西本さんの口から出てきたのは、3日間で初めて聞く言葉でした。


夜景をバックにした、RX-7の撮影会。日本三大夜景にも引けを取らない車体の美しさに、観光で訪れた人たちも一緒になってカメラを構えていた。


「友達だった。いつも一緒にいる友達」
「友達がいなくなっちゃうね」少し寂しそうに言った西本さんでしたが、すぐに笑顔でこう続けました。
「大丈夫、おかげで友達たくさんできたから」
西本さんが嬉しかったこと。それはRX-7をきっかけにたくさんの知り合いができたことでした。取材に来た人、話を聞きに来てくれた人、西本さんは新しく生まれた友達と、いつも笑顔で写真を撮っていました。
西本さんにできた、新しいたくさんのつながり。これもまた、RX-7が西本さんに残したものだったのかもしれません。
クルマは走り続ける。素敵な思い出をのせて、ずっと。


譲渡式会場は、九州マツダ赤迫店。25年間、RX-7の調子が悪くなれば、いつも丁寧に見てくれた店だった。西本さんは「ここまで乗れたのはお店の方のおかげ」と感謝を最後まで伝え続けていた。
譲渡式当日、会場であるマツダの販売店にRX-7がやってきました。その光景を見たマツダ社員や販売店の社員の口から「30年前に戻ったみたいだ」という言葉が漏れました。ずっと西本さんが守り続けたシルバーの輝きは、そこにいた全員を思い出の中に引き戻すようでした。
温かな雰囲気で譲渡式は行われ、RX-7はマツダに引き取られました。
しかし、物語は終わりません。
RX-7は広報車としての第二の人生へ。西本さんは「趣味の朗読のYouTubeをはじめるの」と嬉しそうに語ります。
それぞれ別の場所で、また新しい明日が始まります。


編集後記
西本さんにとっての25年来の愛車と過ごす最後の3日間。それを取材するにあたって大切にしたことは、西本さんとRX-7の時間が豊かであり続けるということでした。
取材のために、最後のRX-7との時間を邪魔してしまいたくない。それが取材を行った全メンバーの願いでした。そこで、撮影場所の候補は出したものの、どこへいくかもどう過ごすかも、基本的に西本さんと、息子の誠さんに決めてもらい、結果的に、お二人の「いつもの撮影会」にお邪魔する、という形となりました。
撮影の終わり、「親子で色々回ったけど、今日が一番楽しい撮影会だった」と言っていただけたことは、取材チームが一番うれしかったことです。
人とクルマの関係は、不思議なものです。誰かにとって友達であり、かけがえのない家族であり、単なる移動手段としての道具を越えた存在であるといつも感じられます。読んだ方が、ご自身とクルマの関係に思いをはせるきっかけとなればうれしいです。