eスポーツプレーヤーがリアルレースへ参戦 ―憧れの先に、“壁はない”と教えてくれた1年間―

a Pride of Hiroshima
a Pride of Hiroshima
×

あなたは、モータースポーツにどんなイメージを持ちますか?

プロレーサーをはじめとした一部の限られた人たちの世界、テレビや応援席から観戦するもの。そんなイメージがあるのではないでしょうか。

同じようにモータースポーツに対して壁を感じていた6人が、今回の物語の主人公たちです。

 

彼らは、モータースポーツへの憧れを持ちながらも「自分には遠い存在」と考えていました。その中で彼らなりのモータースポーツへの関わり方として、レースゲームの世界に没頭していたのです。


そんな彼らに訪れたチャンスが、マツダのチャレンジプログラム「バーチャルからリアルへの道」でした。ゲームでの成績優秀者が、MAZDA SPIRIT RACINGの一員として、リアルのモータースポーツへと参戦する1年間。前回の記事では、このプログラムに飛び込んでいった彼らのレース初戦までの道のりを追いました。

今回の記事では、初戦から最終戦までを追い、彼らがチームとして成長していく姿をお伝えします。


失敗や葛藤を繰り返す中で、1年をかけて彼らが見つけた答えとは。

それは、私たちに「モータースポーツとは一体何なのか」「どんな価値を持つのか」を教えてくれる1年でした。

物語が始まります。

夢と現実の狭間に立ちはだかる巨大な壁

「クルマが好き」という子どもは大勢います。彼らの多くが一度は憧れるのがモータースポーツの世界です。

サーキットを舞台に、コンマ1秒の攻防を制し、ライバルを振り切り大歓声を浴びる。その姿に心を奪われた子どもたちは、数知れません。

 

大学生の市原さんもその一人でした。


市原 拓真(いちはら ・たくま)さん。「バーチャルからリアルへの道」の3期生。

市原さん:

F1レーサーになるのが、子どもの頃からの夢でした。きっかけは覚えていないですね。物心ついた時からクルマが好きで、気がついたら憧れていました。



子どもの頃の市原さん。勉学できちんと結果を出して、ご褒美として買ってもらったレースゲーム。高校生、大学生と、eモータースポーツで結果を出しながらも、勉学と両立させ両親との約束を守った。


市原さん:

でも、レースの世界に身を投じるには、全てをかけなければならないと思っていました。お金も、時間も。限られたレーサーへの道に、人生の全てをかけることは両親から納得が得られず、断念せざるを得ませんでした。


同じように、レースの世界に憧れ、一度はチャレンジしたものの諦めた人もいます。能條さんはかつてレーサーを目指したときをこう振り返ります。


能條 裕貴(のうじょう・みちたか)さん。「バーチャルからリアルへの道」の3期生。


能條さん

カートに初めて乗った時のあの稲妻が走るような衝撃は忘れられませんね。次第に、プロレーサーに憧れるようになりました。


カート時代の能條さん。父と二人三脚でカートに挑戦。父がスポンサーでありメカニックでありコーチだった。

能條さん

親が休日返上で働いてくれて、「高校1年生のワンシーズンだけ」という約束で、カートの大会にフル出場させてもらいました。結果が出せれば良かったのですが、惜しくも成果を残せず、カートの世界から離れることになりました。

挑戦のチャンスがなかった人、一度はチャレンジしながらも断念した人。いずれも、モータースポーツの世界に壁を感じ、超えることができずに去った過去がありました。

訪れた転機「バーチャルからリアルへの道」

「バーチャルからリアルへの道」は、eモータースポーツで優秀な成績を収めたプレーヤーが、1年間MAZDA SPIRIT RACINGの一員としてリアルの耐久レースに出場できるプログラムです。


マツダがゲーム『グランツーリスモ*¹』のeモータースポーツ大会を開催。そこで優秀な成績を残したプレーヤーは、サーキットでの走行体験会に参加できます。

 

さらに、体験会から面談等を踏まえて選ばれた6人は、MAZDA SPIRIT RACINGの一員として、1年間のレースに参戦する資格を得ることができます。

リアルレースの世界を諦めていた彼らは、「これしかない」と感じたと言います。


佐藤 真太朗(さとう・しんたろう)さん。「バーチャルからリアルへの道」の3期生。


佐藤さん

自分もいい歳で、仕事の責任も増えてきたところでした。なので、チャレンジするならこれがラストチャンスと考え、挑戦しました。


こうして約9,000人の中から選抜された6人。プログラムが始まって3年目の3期生となる彼らは、年齢も立場もバラバラ。1年間、レースの世界に身を投じることになります。

しかしその道は、スタートから波乱が待ち受けていました。

サーキットで初めての練習中に起きたアクシデント

初戦を20日後に控えたその日、取材チームに1本のメールが入りました。

「3期生の練習走行中、クルマがクラッシュした」


クルマのフロントバンパーやヘッドライド、センサー類など生々しいダメージがあった。

幸いけが人はいなかったものの、レース当日までにクルマの修理が間に合うか分からない状況でした。その中で、「3期生がレースに出られるよう、やれることは何でもやる」と動いた人々がいます。


後藤 憲吾(ごとう・けんご) マツダ株式会社「バーチャルからリアルへの道」統括責任者

後藤(マツダ):

必要なパーツを求めて駆け回りました。
無事に手配できたときは、ただ『良い走りを見せてほしい』という思いで胸がいっぱいでした。
本気で挑むからこそ味わえる楽しさを届けたい――その一心でした。


加藤 彰彬(かとう・てるあき)さん。マツダから依頼を受け、「バーチャルからリアル」のプログラムのチーフインストラクターを務め、レーシングカーのチューニングも行う。

加藤さん:

後藤さんも頑張ってくださったので、私も何日も徹夜して、何とか形にすることができました。やれることは、何でもやる。そのつもりで、全力を注ぎました。

クルマの修理は、レース当日の朝まで続きました。ようやく修理を終えたクルマが戻り、初戦、筑波サーキットを迎えることになります。

 

誰かの期待を背負って走るということ

選手たちは初めてのレースに浮き足だっていました。

走ることだけに意識が向いてしまい、レースの準備に他のチームメンバーが走り回っていても、ぼんやりと眺めるだけ。仲間やスタッフとの情報共有をせず、お互いがどこにいるかわからない場面もありました。

そんな彼らのレースへの向き合い方に、チーフインストラクターの加藤さんは大きな課題を感じていました。



加藤さん:

レースは楽しいものです。しかし同時に命がかかっているものでもあります。チーム同士の協力やコミュニケーション不足が、危険な事故へと直結します。

私もレーサーとして活動する中で、10分前まで楽しく話していた選手が、帰らぬ人となった経験もあります。命がかかっている以上、そこはゲーム感覚であってはいけないんです。

今のように気が緩んでいる状態は、改めなければ自分や周りに危険が及んでしまうと感じます。


その日の夕方、加藤さんから厳しい言葉が飛びました。

 

6人はお客さんではなく、チームの一員として、それぞれが役割を見つけ主体的に動くこと。

そこに求められる振る舞いや協調性がいかに大切であるかが、伝えられました。

この言葉が、大きな転機になったと、後に6人は語ります。


能條さん:

僕はドライバーとして選ばれたと、勘違いしていました。そうではなく、チームの一員として選ばれたのだとハッとさせられました。

思い返せば僕はカート時代、父に全てを任せきりでレースをしていたように思います。今回、加藤さんの注意を受けて、チームの一員なんだと思って動くようになったことで、大変なこともありましたが、それ以上に“自分の走り以外の楽しさ”に気がつくようになりました。

チームがうまくいっているとうれしい。何としても仲間と完走したい、と思うようになったんです。


走り以外の、チームとしてレースに向けて動いていく時間。この時間そのものに楽しさを見つけたと、佐藤さんは語ります。



佐藤さん

レース全体で見たら、走る時間なんてほんのわずかです。ほとんどが準備の時間に費やされます。でも、不思議と準備している時間も楽しいんですよね。仲間のために何かやっているときも心がワクワクしている。準備のために、朝は早いし夜も遅い。体はクタクタなはずなんですけど、1日が終わるまで疲れに気づかない。それくらい走りだけではない、レースに夢中になっているんだと思います。


ゲームであれば味わえなかった仲間たちと協力する喜び。自分だけでなく、仲間とゴールを目指す楽しさ。

それこそがリアルならではの醍醐味だと加藤さんは語ります。


加藤さん

リアルならではの運転の楽しさは、もちろんあると思います。でも、それだけじゃない。楽しさは“人”にあるんです。人とのつながりであったり、みんなと協力して一つのことをやり遂げる。その楽しさを知ってくれたらいいなと思います。一人で走るだけがレースの楽しみじゃない。


チームとして、想いを共にする仲間同士で支え合い、励ましながら苦楽を分かち合う。

3期生が、チームになり始めた瞬間でした。

同時に、新たな楽しさを発見したからこそ、モータースポーツとの新しい付き合い方についても考えるようになりました。

卒業生たちの「その後」との出会い

「バーチャルからリアルへの道」のプログラムは1年限り。今回参戦する6人は「3期生」です。

当然、去年や一昨年に参戦した「1期生」「2期生」もいます。


筑波サーキットを訪れていた三宅さん、稲葉さんは、共に「1期生」。今回サポーターとして「3期生」を支えていました。二人とも、レースの楽しさを伝えたかったからだと語ります。


三宅 陽大(みやけ・はると)さん「バーチャルからリアルへの道」の1期生。クルマのチェックからレース中のデータ分析までを担い、レースに貢献。取材班も話を聞くまではOBとは気づかず、レース関係のプロフェッショナルと勘違いしていた。

三宅さん:

私自身、プログラムを通してレースの楽しさを知ったこともそうですし、内気な性格だったところから、自分から声をかけられるよう変わることができました。

そうしたレースの価値を、次の世代にも伝えたいと思い、今回サポーターとしてレースを支えています。

 

稲葉 隼平(いなば・じゅんぺい)さん「バーチャルからリアルへの道」の1期生。レース中の走者との通話でのコミュニケーションを担当し、試合をコントロールしていた。

稲葉さん:

もちろん走るのも楽しいです。でも、このプログラムを通してステップアップしていく選手がいるなら、それをサポートしたいと思い、このプログラムの支援をしています。

チームのサポートをしてくれるメンバーとは別に、もう一人「1期生」が当日は訪れていました。瀬田さんは、卒業後自分でクルマを買って、レースに参戦していました。


瀬田 凜(せた・りん)さん。「バーチャルからリアルへの道」の1期生。ゲーマーとして活躍しながらも、本プログラムを通じてリアルのレースにも身を投じるようになった。

瀬田さん:

レースはゲームだけだったのですが、「バーチャルからリアルへの道」のプログラムの中で、リアルレースの楽しさに目覚めてしまって。

プログラムではマツダさんがクルマを用意してくださっていましたが、翌年からは思い切ってロードスターを購入して、レースに参戦することにしたんです。振り返れば、プログラムは本当に人生の転機でしたね。

遠いプロの人々だけの世界だと思っていた、モータースポーツの世界。しかし、実際に参加して周りを見てみれば、どんな人も自分なりの方法でレースに関わり、楽しんでいました。

この出会いは、モータースポーツの世界に壁を感じていた3期生の考えを変えていくことになります。

最終戦。変わったのは世界ではなく、自分たちだった。

1年間、戦いを続け、ついに最終戦を迎えます。場所は岡山国際サーキット。

会場に降り立った彼らは、初戦のときからは想像もできないほど変わっていました。


中村 匠都(なかむら・たくと)さん。「バーチャルからリアルへの道」の3期生。

中村さん:

筑波サーキットでマツダの方や加藤さんからご指摘いただいたことが、振り返れば転機になったように思います。あそこから、チームの中でも声を掛け合い、準備や練習を自分たちから行うようになりました。

レースで走っている時もそうなんですが、「どこまで準備できるか」が、リアルレースの本番であり面白さなんだな、と気づくことができたように思います。


そして、レース本番。準備から始まり、仲間と試行錯誤を重ねる楽しさを知った彼らの顔は、今までにないほど晴れやかでした。


能條さん:

レースの前に、マツダの方から「楽しんでこい」って言ってもらえて、言葉通り思いっきり楽しむことができました。マツダの一人として走ることができて、本当に光栄でした。


市原さん:

本当に夢のような時間でした。レースの本番もそうなんですが、メンバーと試行錯誤して話し合ったり、レースの時にホテルに泊まったり食事をしたりするのも、本当に楽しくて、ゲームにはないものだったなと思っています。


佐藤さん:

「自分もいい歳だし、ラストチャンスだ」と思って参加したんですが、何言ってたんだと思いました。自分より断然年上の人、仕事で忙しい人、どんな人でもレースを楽しんでいて、レースに対するイメージがひっくり返されました。


モータースポーツに対して感じていた壁は、彼ら自身が作り出していたものだと、気づいたのです。

そして、1年間の戦いを終えた彼らは次のステップを見据えていました。


大原 悠暉(おおはら・ゆうき)さん。「バーチャルからリアルへの道」の3期生。チームの中では最年長。最初はチームを引っ張らなければと気負っていたが、いつの間にか自然体でチームを動かすようになっていた。

大原さん:

これで「バーチャルからリアルへの道」のプログラムは終わりです。でも、来年からはこの6人でチームを作って、自分たちでクルマを借り、参戦したいと今話し合っています。マツダの方々のおかげで、せっかく得た機会、せっかく知った楽しさですので、このまま終わらせるのはもったいないなと。


来年からは、マツダの援助を受けずに、自分たちだけで参戦を。

「レースは夢の世界」と語っていた1年前と、状況は何も変わっていません。変化したのは世界の見え方でした。マツダと共に一歩を踏み出したことで、自分たちで挑戦できること、そしてこれまで気づかなかった一人だけでは味わえないレースの楽しさを知ることができました。

 

「バーチャルからリアルへの道」は、このためにありました。壁があると考えられていたリアルレースの世界。しかし、一歩一歩ステップを踏むことで、その壁はどこにもないと6人は気づくことができました。

その背中は、レースの世界を一度は夢見て諦めた、1年前の彼らのような人々を勇気づけることとなるでしょう。

マツダは、クルマの楽しさを信じています。そして、モータースポーツにしかない楽しさが必ずあるという確信があります。

チャレンジプログラム「バーチャルからリアルへの道」は、モータースポーツ文化そのものへの挑戦です。

一部の人のものではない。誰にとっても開かれたモータースポーツを作る。そのためには、制度や大会だけではない、人の心の壁も壊していくことが必要です。

彼らの切り拓いた道のりは、きっと次の誰かの背中を押す。そう信じさせてくれる、1年でした。



編集後記

 

「自分には無理な世界」と言っていた彼らが、1年間の戦いを終えて「自分で参戦する」という未来を語ったとき、改めてこのプログラムの真の意味を知ることになりました。

「バーチャルからリアルへの道」は、特別に選ばれた人々だけのためにマツダが用意するものではなかったのです。レースへの道は、いつでも、誰にでも、開かれている。それに気づくきっかけを作り出すプログラムでした。

新しい未来を拓く「きっかけ」となったプログラム。そして、彼らの活躍する姿が、また誰かの「きっかけ」へと広がっていくのかもしれません。

もしも憧れがあるのなら、この記事があなたの背中を押してくれることを祈っています。

*¹「グランツーリスモ」および「GRANTURISMO」は、株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントの登録商標および商標です。PS5®/PS4®用ソフトウェア『グランツーリスモ7』の発売元は株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントです。


Share
  • X
  • Facebook