「LCAって何ですか?」マツダのサステナブル経営現在地 -CNへの挑戦 シリーズ vol.2-

クルマをつくる、はこぶ、つかう、もどす……。クルマをつくってから使い終えるまで、すべての過程でCO2を排出していることをご存知ですか? たとえ電気自動車であっても、使用する電気が石炭などの化石燃料を使って発電されている場合は、CO2排出がゼロになるとは言えません。

 

重要なのは、クルマのライフサイクルを包括して、CO2の排出量を算定・評価し、それぞれの過程における環境負荷を減らすこと。そのためにマツダでは2009年からLCA(ライフサイクル・アセスメント)という考え方を取り入れ、事業戦略に組み込んできました。

 

今回は、コロナ禍を機に環境問題に興味を持ったことから、LCAやマツダの環境への取り組みに対する認識を深めたいと情熱を抱く入社5年目の青柳実可子(あおやぎ・みかこ)が、社内でカーボンニュートラルの推進に取り組む河本竜路(かわもと・りゅうじ / 開発戦略企画部)、深川健(ふかがわ・たけし / CN・資源循環戦略部)にインタビュー。LCAの基本的な考え方、カーボンニュートラルに向けた社内の取り組みや現在地に迫ります。

本当にカーボンニュートラルは実現できる? 若手社員が環境施策の推進担当を直撃

今回、マツダが取り組む環境施策に切り込む青柳実可子は、コロナ禍の2020年入社。大学時代の友人がSNSに気候変動問題を投稿していたことなどをきっかけに、環境問題に関心を抱くようになりました。

 

入社後は、コンパクトSUV 「MX-30」の広報業務を担当。その後、サステナビリティ領域により深く関わりたいという想いから、コミュニケーション統括グループへ。現在は、マツダの環境、社会、ガバナンス(ESG)の取り組みをまとめたサステナビリティサイトの制作に携わっています。

 

「マツダの環境に対する取り組みや現在地、課題について、さらに解像度を高めたい」。そんな青柳の強い想いからスタートした本企画。実際に現場で施策にあたっている担当者に、マツダ社員ならではの本音で迫ります。

コミュニケーション統括部 コミュニケーション統括グループ 青柳実可子

「EVだから環境に良い」とは言い切れない

青柳:

入社5年目の青柳です。深川さん、河本さん、本日はよろしくお願いします。早速ですが、お二人はいつ頃からどのような施策を推進されているのでしょうか?

深川:

カーボンニュートラルの仕事に携わり始めたのは2021年からです。マツダ自身だけではなく、例えばサプライヤーさん、物流業者さん、販売店さんなど、マツダに関係していただくすべての皆さんとカーボンニュートラル達成を目指し、その実現に向けた戦略を考えていく役割です。

カーボンニュートラル・資源循環戦略部 深川健

開発戦略企画部 河本竜路

河本:

私もマツダのLCAの業務に2015年から携わってきました。主には新型車におけるLCAの算定や、算定結果をふまえた戦略企画の立案などを行っています。

青柳:

いまお二人からもお話がありましたが、近頃はLCAという言葉をよく耳にするようになりました。マツダが推進しているLCAとはどういったものですか?

深川:

LCA / Life Cycle Assessment(ライフサイクル・アセスメント)は、製品を生み出すところから使命を終えて廃棄・リサイクルされるまでの全ライフサイクルを対象に、環境への影響を算出し評価する手法のことです。クルマでいえば、走行時の排気ガスに含まれるCO2を減らすのは、ある意味で当たり前。

 

それだけではなく、クルマを製造する工程や、部品をつくるための原料を調達するところから、クルマが寿命を迎え廃車に到るまで、それぞれの段階における環境負荷を包括的に見ていく必要がある。これがLCAの基本的な考え方です。

マツダが考えるLCAの全体像

河本:

LCAの考え方自体は、じつは昔からありました。産業革命以降、人間はエネルギーを消費して物を生み出してきましたが、その負の側面に当時から着目している人はいたけれど、社会の関心事になってきたのは1960年代頃。地球はこのまま持続できるのかという問題意識が社会に浸透し始めました。

 

それから、欧米を中心にLCAの研究も進められ、1990年にはLCAの国際標準化機構(ISO)の国際規格が規定されました。同時に日本でも経産省主導でLCAのプロジェクトがスタートし、さまざまな企業や大学の研究機関などで研究が活発に行われるようになったというのが、大まかな流れになります。

青柳:

半世紀以上も前からLCAのような概念があったとは驚きです。マツダではLCAとともにWell-to-Wheel(ウェル トゥ ホイール)という考え方を念頭に事業を行っていますが、これはどういったものですか?

深川:

自動車業界には「Tank to Wheel(タンク トゥ ホイール)」「Well to Wheel」という2つの考え方があります。前者は、Tank(クルマの燃料タンク)に燃料を注いでからWheel(タイヤ)を駆動するまで、つまり“走行時”における排気ガスやCO2の排出量のことを指します。一方、後者はWell(井戸・鉱泉)からタイヤまで、つまり、走行時だけでなく燃料製造に必要な“資源を採掘するところ”まで遡ってCO2の排出量を見ていこうというものです。

 

たとえば、電気自動車(EV)は一般的に「環境にやさしいクルマ」と認識されていますよね。たしかにTank to Wheelの観点では、走行時に排気ガスやCO2を排出しないEVは非常に評価が高くなります。しかし、これがWell-to-Wheelになると、見え方がまるで変わってきます。火力発電の依存度が高い国では、EVを充電する電気をつくるために大量の石炭を燃やし、多くのCO2を排出しています。そうなると、走行時にはCO2が出ないからと言ってEVは必ずしも環境に良いとは言い切れません。

マツダが考えるWell to Wheel

青柳:

じつは私自身、学生時代は他社に比べてマツダがEVを推進している印象がなく、疑問を抱いていました。正直、EVを大きく打ち出さなくて大丈夫なのかなって。

深川:

近年は少しずつ認識も変わりつつありますが、2019年あたりから「EV=環境に良い」という論調が強くなり始めたように思います。青柳さんが言ったとおり、当時は「なぜマツダは積極的にEVをつくらないのか?」といった声もたくさんいただきました。

青柳:

やはりそうでしたか……! でも、入社後は業務を通してマツダの電動化戦略に対する理解が深まり、EVだけでなく複数の選択肢を用いてCO2を削減するという戦略に納得感を持っています。

深川:

マツダはWell-to-Wheelの観点から必ずしもEVだけが正解とは考えていません。クリーンディーゼルエンジン、ハイブリッド、プラグインハイブリッド……EV以外にも各地域の事情に応じたさまざまな選択肢があるだろうと。

 

EVが脚光を浴び、自動車メーカーが一斉に注力し始めたときも、EVを含めたマルチソリューションという方針(※)を提唱し、CO2削減につながる本質的な取り組みを進めてきたんですよ。

※それぞれの国や地域の発電方法、そして燃料・インフラの状況に合わせて、販売するクルマの動力源をフレキシブルに提供していく考え方

深川:

マルチパスウェイなど呼び方は違いますが、マツダ以外の国内メーカーでもWell-to-Wheelの考えに基づいた本質的な取り組みにシフトする動きが見られます。私たちが地道に言い続けてきたことが同業他社や投資家、メディアにも徐々に受け入れられるようになり、業界全体でコンセンサスが得られ始めているのを感じますね。同じ方向を向いてくれる「仲間」が増えているのは嬉しいことだなと。

LCAの考えに基づくマツダのマルチソリューション戦略。「地域によって「環境にいいクルマ」は異なる」

青柳:

マツダでは2009年からLCAを採用し、本格的なCO2削減に取り組み始めたということですが、そこからどんなプロセスでLCAを事業戦略に紐づけていったのでしょうか?

河本:

当初の目的は、まず「把握」すること。自分たちの製品、つまりマツダの新型車がどんな環境負荷を及ぼしているのか、さまざまなデータを組み合わせてLCAの算定を実施しました。その結果、見えてきた要因をふまえてCO2削減のための検討を重ねていったという流れになります。

 

その後、マツダは2017年に公表した技術開発の長期ビジョン「サステイナブルZoom-Zoom宣言2030」のなかで、LCAやWell-to-Wheelの考え方に基づくマルチソリューション戦略を打ち出しました。同時に、その戦略を裏付けるために、日本を含む世界のさまざまな地域を対象にLCAの算定と検証を行うことにしたんです。

青柳:

具体的にどんな調査を行い、どのような算定結果が出ましたか?

河本:

アメリカ、ヨーロッパ、日本、中国、オーストラリアの5地域で、ガソリン車とディーゼル車、EVをそれぞれ20万km走らせたときにCO2排出量がどうなるかを算定しました。なお、EVを充電する際の電力は各地域の平均値を想定しています。

 

車両ごとに違いを見ていくと、先ほど申し上げたとおり火力発電の依存度が高く化石燃料の使用量が多い日本や中国、オーストラリアでは、例えば20万km時点のCO2排出量を見ると、ガソリン車のCO2排出量はEVに比べて抑えられているのがわかります。

世界のLCA算定結果。マツダは国や地域ごとの電源事情や環境規制、お客さまのニーズに応じたマルチソリューションを展開。人馬一体の走りと優れた環境性能を両立させる内燃機関の一層の進化と電動化技術の拡大を継続することで、本質的なCO2削減に向けた取り組みを進めてきた。

青柳:

たしかに、LCAやWell-to-Wheelの観点で見ると、地域によってはむしろEVよりもガソリン車のほうがCO2排出量を低く抑えられるとことがわかりますね。

河本:

そのとおりです。一方、アメリカやヨーロッパは正反対の結果が出ています。再生可能エネルギーによる発電が多いことや地域での自動車の走らせ方により、ガソリン車よりEVのCO2排出量のほうが低く抑えられています。

 

このように、走行時にとどまらないあらゆる観点で算定を行った結果、地域のエネルギー事情によって車両ごとの環境負荷は大きく変わることがわかりました。マルチソリューション戦略に基づき、各地域のエネルギー事情に合わせて適材適所でクルマを導入していくことが重要であるとおわかりいただけると思います。

青柳:

ただ、これは2018年時点での資料ということで、いまは各国のエネルギー事情やインフラの整備状況なども大きく変わっていますよね。ということは、常に世界の動向を探りながら戦略を見直していく必要があるのかなと思いますが、いかがですか?

河本:

そうですね。実際にEVの電池がどんどん大容量化していたり、一方で製造効率が上がってコストが下がっていたりと、EVを取り巻く状況だけを見ても大きく変化しています。青柳さんのご指摘のとおり、現時点での実態をしっかり評価したうえで戦略を立てていくことが重要ですし、それが私の役目だと考えています。

青柳:

では、こうした調査や分析をふまえ、マツダではCO2の排出量を減らすためにどんな取り組みを行っているのでしょうか?

深川:

CO2排出量を削減するには、大きく2つのアプローチがあります。1つは、エネルギーをいかに使わないか。もう1つは、エネルギーを使うのであれば、いかにクリーンなものに変えていくか。まず前者はシンプルに「省エネ」ですね。つまり、いかに少ないエネルギーでものづくりを行うか。ただ、省エネに関しては今に始まったことではなく、クルマの製造を行ううえで徹底的に生産効率を高める改善を繰り返してきました。その積み重ねによって、カーボンニュートラルに近づくと考えています。

広島の高校生がマツダ本社を訪れ、マツダのクリーンエネルギーの取り組みなどを見学した。

深川:

後者のクリーンエネルギーへの置き換えに関しても、さまざまな取り組みを行っています。なかでもマツダ独自といえるのは、自社工場内に発電所を設け、クルマの製造時に使うエネルギーを自前で生み出していること。そこで生み出すエネルギーも現在の石炭火力発電から、よりクリーンなものに転換しようと進めています。

 


たとえば、2021年には本社工場内に初めての太陽光発電用のパネルを導入し、スギの木約24万本に相当するCO2削減に貢献しています。ほかにも、燃やしてもCO2を排出しないアンモニアなどを使った発電所の建設を検討するなど、少しずつ化石燃料への依存度を減らしていっているところですね。

マツダ本社工場内にあるエネルギーセンター。マツダでは山口県にある防府工場の敷地内にも発電所があり、工場で使う多くの電力を自家発電で賄っている。

2050年カーボンニュートラルに向けて ともに目指す「仲間」を増やしたい

青柳:

国が掲げる2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、マツダではどのような戦略を立てているのでしょうか?

深川:

カーボンニュートラルを目指すには、マツダだけが努力すればいいというわけではありません。LCAの観点でいえば、マツダに部品を納入していただくサプライヤーさん、つくったクルマを各地へ運んでくださる物流業者さん、クルマを売ってくださる販売店さんなどを含めた、サプライチェーン全体でカーボンニュートラルを目指していく必要があります。そのためには、やはりマツダが率先して省エネやクリーンエネルギーへの代替を推進しつつ、それを行うことが地球環境のためだけでなく、事業成長のチャンスにもつながるということを示していかなければいけないと考えています。

青柳:

ありがとうございます。では、最後に改めてお聞きします。カーボンニュートラルの実現に向け、マツダの社員として、あるいは個人としてどう貢献していきたいか。お二人の想いを教えてください。

深川:

カーボンニュートラルというと、すごく壮大なことのように感じられますよね。でも、そこまで大きく捉えず、一人ひとりが身近にできることから始めればいいと思うんです。たとえば、家の電気をこまめに消すとか、そういうことだけでもいい。一つひとつの積み重ねが最終的にカーボンニュートラルにつながるし、みんなでやればより早く目標に到達できます。マツダの社員としてというよりも、地球に暮らす一人の人間として私自身、肝に銘じたいです。

河本:

LCAの算定結果は、世の中の動向によっても大きく変わってきます。ですから、常に世の中の動きを捉えて仕事に落とし込んでいくことが大事だと思っていますし、私自身もそれを意識しながらクルマをつくっていきたいと考えています。

 

あとは、やはり「仲間」をつくることですね。当たり前ですが、カーボンニュートラルは一人で達成できるものではありません。社内のメンバーだけでなく、社外の方々とも協力、連携しながら進めていく必要があります。そのためにも、LCAやWell-to-Wheel、マツダのマルチソリューションにご賛同いただける仲間を増やしていきたい。これが、いまの大きな目標です。


編集後記

 

最後に深川さん、河本さんがおっしゃっていた「一人ひとりができることをやる」が前提にありつつも、「それを集結させることでカーボンニュートラルを実現させていく」という考え方がとても印象に残っています。マツダ単体ではなく、業界全体、さらにはほかの製造業の方々を含めて「仲間」を増やし、人にも地球にもやさしいものづくりを目指す。そんな企業が増えていけば本当に素敵な世界になりますし、いまがまさにそのスタート地点なのではないかと感じました。

 

マツダでは、「省エネ」「再エネ」「カーボンニュートラル燃料」の3本柱でカーボンニュートラル達成を目指しています。マツダには「再エネ」の取り組みの一つに太陽光発電所がありますが、ここで気になるのは、一体どのくらいの電力を生み出しているのかということ。次回、取材で深掘りしていきたいと思います!

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