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【Virtual to Real : Step1】必要なのは、今ここにある自分の“全て”。初めてのレースが問う、それぞれの秘めた想い。

『バーチャルからリアルへの道』。

eモータースポーツプレーヤーをMAZDA SPIRIT RACINGの一員として迎え入れ、レースを学びながら1年間のシリーズ戦に挑むプロジェクト。

今年も選抜が行われ、3名のプレーヤーが挑戦することとなった。

偶然にも全員27歳の3人組。

落ち着きとコミュニケーション能力があり、選抜が行われた走行会でも高い協調性を見せてくれた彼ら。

そしていよいよ、生まれて初めて立つレースの舞台『モビリティリゾートもてぎ』へと向かう。

初戦とは思えないほど順調に準備を進める、優等生とも呼ぶべき彼ら。

しかしサーキットは応える。「それではまだ足りない」と。

初めてのレースを前に、彼らが問われたのは“自分自身”だった。

Chapter 1:MAZDA SPIRIT RACINGのレーシングスーツに袖を通すということ

走行会のあと、選抜された三人に連絡が届いた。一年のシリーズ戦への招待状だ。

連絡を受けたときのことを、3人はそれぞれこう振り返る。

岡村康平。大阪在住。

岡村

いや、驚きました。私は走行会でパイロンに当ててしまったこともあり、「本当に私でいいのか」と。しかし、走行会自体はとても楽しむことができました。マツダの看板を背負うことを自覚し、覚悟を持って臨もうと思いました。

話からも、責任感の強さがうかがえる岡村。選抜が行われた走行会でも、メンバーを引っ張るリーダーシップを発揮していた。準備やピットでの連携が求められるレースでは重要な素質だ。

対照的に、不安や悩みを抱えながら、通知を受け取ったメンバーもいる。

植木俊輔。茨城在住。

植木

実は最初、断ろうかとも思ったんです。本番のレースになったら周りにもクルマが走っている。怖いと思うし、ぶつけてしまうんじゃないかという不安もあります。走行会の後の面談でも、不安や怖さを正直に伝えてしまっていたので、選ばれたのはとても驚きました。

お恥ずかしい話なんですが、最終的に参戦を決めたのは「ドライを走ってみたい」という理由だったんです。走行会は雨だったから。

何度も「僕でいいんですか」と繰り返す植木。しかし、それを見ていたチームの評価は違った。コーチや他のメンバーに積極的に相談し、知識を吸収していくオープンさ。そして、怖いからと萎縮することなく、教えてもらったテクニックをコース上で次々と試していく貪欲さ。持ち前の謙虚さと、人なつっこいフランクさが、自然とチームを前向きにしていた。

そして、落ち着きがあり広い視野を持つ、チームの屋台骨が中西だ。

中西拓也。和歌山在住。

中西

先輩からこのプログラムの存在を聞いて、4輪でサーキットを走ってみたいと思っていました。選抜していただけて、とてもうれしかったです。1年間頑張っていきたいです。

クールな中西。視野が広くあらゆる面で全体を俯瞰している。寡黙ながらも常に先を予測し、走行でも人間関係でも先回りして行動する姿は、すでに大きな信頼を得ていた。

彼らが1年間参戦するシリーズ戦、それが『MAZDA Fan ENDURANCE』通称『マツ耐』だ。

マツダ車を愛するファンたちが、自分たちのクルマでサーキットに集まり、仲間と作戦を立てながら2時間半を走りきる耐久レース。リアルレースに初めて挑む彼らには最適な場所だろう。

マツ耐のポイントは、途中給油が認められておらず、2時間半を無給油で走り切らなければならない点だ。

eモータースポーツで0.1秒を争う彼らだが、速さと燃費を両立させる「燃費走行」は初めての経験だ。

実車さながらの挙動やコースの高低差まで体感できる、最高峰の6軸ドライビングシミュレーター。(SPK株式会社)

そこで、最初に集まったのは、大阪の運転シミュレーション施設。本番のレースを前に、傾きや振動まで再現できるシミュレーターで、燃費走行を覚えていく。

さらに、筑波サーキットでの練習会も行われた。シミュレーターで学んだ燃費走行を、リアルでも確認していく。

それだけではない。ピットとの通信方法、ドライバー交代時の連携など、走行以外で必要となるレースの基本も学んでいく。

そして、MAZDA SPIRIT RACINGの林から、ユニフォームとレーシングスーツが手渡されることとなった。

林 涼太。「クルマが好きになるきっかけとなったレースに関わりたい」と、2年前に志望して広告宣伝領域からMAZDA SPIRIT RACINGへ。自身もサーキットを走る。

林は彼らに伝えた。

この服に袖を通す皆さんに二つお願いがあります。

1つは、1年間楽しんでほしいということです。一年間を通してリアルレースの楽しさを知って、それを伝えていく存在になってほしいと思っています。
もう1つは、お手本となる行動をとってほしいということです。MAZDA SPIRIT RACINGのユニフォームを着て、ステッカーを貼り、マツダの看板を背負って活動する以上、あなたの行動の一つひとつが“マツダの行動”になります。レースだけでなく普段の場面から、胸を張れる行動をとっていただきたいです。

MAZDA SPIRIT RACINGの文字が刻まれたスーツへの喜びと共に、彼らの表情に覚悟の色が灯った。もう彼らはゲストではない。MAZDA SPIRIT RACING、『バーチャルからリアルへの道』第4期生だ。

Chapter 2:初戦に参加した、頼れる助っ人。

6月20日。重い曇天の中、『モビリティリゾートもてぎ』に集まったのは4期生の3人。明日はいよいよ初戦。初めてのレースを前に、3人は落ち着いているように見えた。

今回のもてぎ戦の目的は、“レースを知ること”だった。順位よりも、全員がまずはレースに慣れることを重視する。

さらに第1走者として強力な助っ人が参戦することとなった。

瀬田凜(せたりん)『バーチャルからリアルへの道』第1期生。「セターリン」のニックネームでチームから愛される存在。卒業後も『ロードスター・パーティレースⅢ』に毎年参戦している。

『バーチャルからリアルへの道』第1期生、瀬田凜選手だ。

もてぎでのレース経験もある瀬田選手を第1走者に据え、第2走者を中西、第3走者を植木、最終走者を岡村が務める。これが、生まれて初めてのレース、もてぎ戦のラインナップだ。

Chapter 3:強い雨の中で高まる不安と期待

レースを翌日に控え、全員でコースの下見に向かう。

もてぎは高低差の激しいコースだ。ダウンヒルストレートで一気に加速した後に現れる90度コーナー。さらに、ストレート直前で加速したい時に立ちはだかる、小さく回り込む難度の高いビクトリーコーナー(最終コーナー)など、「止める・曲げる・立ち上がる」技術がはっきり出る、テクニカルなロードコースだ。

雨足はさらに高まり、土砂降りに。明日は難しいコンディションになるだろう。

明日に向けた、最後のブリーフィングが行われる。

加藤 彰彬(かとう・てるあき)さん。自身もeモータースポーツプレーヤーであり、レーサーでもある。「バーチャルからリアル」のプログラムのチーフインストラクターを務める。

加藤

まず、楽しもう。せっかくの初めてのレースだから、萎縮せずに挑んでほしい。ただ、浮かれた楽しさじゃない。楽しむけど、油断はしない。会話を大切にしながら、まずは無事故で完走を目指そう。

初戦の目標は、レースを楽しみ完走すること。それぞれの想いを胸に、土砂降りの夜は更けていった。

Chapter 4:歴史が作る、未来とチーム

翌日。早朝から集まり、レースの準備が始まっていた。

三宅陽大(みやけ・はると)選手。「バーチャルからリアルへの道」1期生。
eモータースポーツを出発点に、マツ耐、ロードスター・パーティレースを経て、スーパー耐久シリーズ ST-5Rクラスに参戦している。

ピットで陣頭指揮を取るのは、『バーチャルからリアルへの道』1期生で、現在はS耐(ENEOS スーパー耐久シリーズ Empowered by BRIDGESTONE)で活躍する三宅選手。

左から市原拓真選手、佐藤真太朗選手。「バーチャルからリアルへの道」3期生。現在はともに「ロードスター・パーティレースⅢ」に参戦し、リアルレースへの挑戦を続けている。

さらに、3期生の佐藤選手と市原選手も、ロードスター・パーティレースⅢへの参戦の合間に4期生をサポートする。

続いて、先輩が続々とピットを訪れる。

加藤達彦。『バーチャルからリアルへの道』1期生。倶楽部MAZDA SPIRIT RACING ROADSTERのドライバーとしてスーパー耐久シリーズに参戦。

同じく『バーチャルからリアル』1期生で、2024年にはロードスター・パーティレースⅢ ジャパンツアーシリーズで年間チャンピオンを獲得し、S耐にも参戦する加藤達彦選手だ。ピットを訪れ、4期生を激励した。

卒業後も、自力でレースに参戦する選手。今度はプロとしてMAZDA SPIRIT RACINGの一員として迎えられる選手。『バーチャルからリアルへの道』の後にも、それぞれの道が続き、彼らも後輩の力になってくれるのが、四年目となる本プログラムの強みでもある。

Chapter 5:予選でつかむ、雨のもてぎ

土砂降りの中、まずは20分の予選がスタート。ここでは順位を上げることを狙わず、全員がコースを把握することに集中する。

第1走者の瀬田選手。走行しながら、路面の状況を細かく4期生に伝えていく。

ピットに戻ってからも、情報共有とアドバイスを続け、単なる助っ人ではなくチームを引っ張る先輩として、彼らを導く重要な存在となっていた。

第2走の中西。そして第3走の植木、第4走の岡村と続く。予選といえども、初めて他のクルマと競うレースだ。

岡村は「後ろから追い上げてきたクルマにどう譲るかが難しい」と語った。速く走る以前に、周りのクルマを見て、自分がどう振る舞うか。予選で直面したのは、リアルレースならではの難しさだった。

20分の予選が終了。順位はクラス25台中15位だった。

それぞれシミュレーターや走行動画の視聴で、入念な準備をしてきてはいたが、それでも実物には意外な驚きがあったようだ。

植木は特に「やってみたかったことが試せた」と満足げだ。しきりに「怖い」といいながらも、サーキットでは豪胆なのが彼の面白いところだ。

今回のマツ耐に参加する4人、さらにパーティレースに参加する3期生2人も合わさって、走りへの議論が続く。

まもなく、決勝が始まる。

Chapter 6:つながるバトン、しかし。

決勝の順番も、予選と同じく瀬田選手、中西、植木、岡村の順だ。

雨も上がり、雲の中に晴れ間も見え始めた。スターティンググリッドで、4期生たちは第1走者の瀬田選手と拳を合わせた。

瀬田選手は「先輩として、クルマを無事に次に渡すのが私の仕事です。でも…やっぱりちょっとはチャレンジしたいですよね」と笑い、クルマに乗り込む。

いよいよ、決勝がスタートした。

宣言通り、瀬田選手は安定した走りを見せながらも順位を上げ、さらに手慣れた燃費走行で燃料も潤沢に残した。

続いて第2走者の中西。

レースの前には「とにかく、まずは無事に完走すること」と堅実な目標を語っていた。

彼なら大丈夫だろう。私たち取材チームはピットを離れ、クルマを撮影するため、コース内の撮影ポイントへ向かった。

「クルマの左後ろ、撮影して送ってください!」と、マツダの林から少し焦った電話が飛んできたのは、その直後のことだった。

慌ててズームしたカメラに映っていたのは、明らかに損傷したリアフェンダーだった。

Chapter 7:無線から伝わるのは、情報だけじゃない。

第3コーナーで後続のクルマと接触。中西の運転するクルマは姿勢を乱し、グラベルへと外れた。

事故時の対応も頭に入っている。中西はクルマをコースに戻し、レースを再開させる。しかし、普段はクールな彼が明らかに動揺していた。

安全に完走すること。次の仲間にクルマを無事に渡すこと。感情を見せない中西だったが、その責任を誰よりも感じていた。明らかに呆然としている。

その時、無線が飛ぶ。

「大丈夫!ばっちり走れてるよ!」

「まだレース始まったばっかりだよ、切り替えていこうぜ」

無線から励ましや勇気づける言葉が飛んでくる。

接触とコースアウトがあり、14位まで順位を落としたものの、中西は無事に走行を終えてピットイン。

中西はピットに戻ってくるなり、真っ先に全員に頭を下げた。

「無事故で帰ってくることができず、すみません」

レースにアクシデントはつきもの。彼だけの責任ではない。しかし、彼にとって重要なのはそこではなかった。無事に完走するという目標。それを自身が破ってしまった。

憔悴した彼を見かねて、林がピットの外へ連れていく。そこで仲間に見せないように、中西は静かに涙を落とした。

Chapter 8:バトンはちゃんとつながった

衝突の連絡をもらってから、中西がピットに戻ってくるまで、植木の顔はやや強張っていた。

このプログラムへの参加を最後まで悩んでいた植木。その理由がまさに「他のクルマと接触する怖さ」だった。

意を決してコースに繰り出す植木。雨が上がってから時間が経ったコース。そこに広がっていたのは、植木が参加を決めるほど求めた「ドライ」のコースだった。

植木は走行をこう振り返る。

植木

接触が直前にあって、すごい不安だったんですけど、走ってみたらドライのレースはすごく面白くて、楽しめました。不安より楽しさが勝ったというか。

コース上で豪胆な植木。恐れていたことを実際に目の当たりにしても、レースの楽しさが彼を包み、植木は自分の走りを貫いた。

ピットインし、最終走者の岡村に交代。

接触を受けて一度コースアウトし、順位はかなり後ろ。だが、瀬田選手、中西、植木が、燃料を潤沢に残してくれている。

ピットからもGOが出る。今が攻めどきだ。クリアラップが多かったこともあり、順位を上げていく。

チームを引っ張るリーダー的存在で、責任感の強い岡村。しかし、レースを振り返るとき、感情を露わにした。

岡村

悔しい、悔しいです!探り探りでビビっちゃったんです。順位を上げられたのは他のメンバーが燃料を残してくれていたからで、本当はもっと伸ばせたはずでした。

難しい、でも、他のクルマと競ってるのが、レースって感じで楽しいですね!

本人の反省とは裏腹に順位は上がり、最終的にはクラス9位でチェッカー。予選15位からかなり順位を上げての完走だった。

トラブルに見舞われながらも、崩れず走りきった。初戦なら十分な成果だ。

最後まで走り切ったことで、安心したのだろう。暗かった中西の表情も、少しだけ和らいだ。

Chapter 9:全部で挑む。だから、全てをさらけ出す。

レース終了後、中西は事故をこう振り返った。

中西

チームで無事故を目指していたのに、クルマに傷がついてしまった。事故を避けるために自分にも何かできたんじゃないか。そう思わずにはいられません。

チームのみんなが温かく迎えてくれたこと、「気にしなくていい」と言ってくれたこと、とても感謝しています。

でも、次はなくしたい。次こそ、本当の意味で無事故のレースとしたいです。

その目には、熱い決意が宿っていた。

たった2時間半のレース。しかし、この短い時間の中で3人は大きく変わったように見える。

岡村は、責任感がありチームをまとめる優等生から、正直に自分の気持ちを出して悔しがる等身大の人間に。

植木は、不安を口にしていたところから、楽しさを爆発させサーキットで豪胆さを見せるように。

中西は、寡黙で全体を見る硬派な男から、内に秘めていた熱さともろさをのぞかせるように。

走った時間は、それぞれ1時間にも満たない。しかし、なぜレースはこれほど人を変えるのだろうか。

加藤氏は語った。

レースでは、全てが問われます。自分の走りもそうだし、体力も必要です。仲間とのコミュニケーションや人間関係、周りのクルマへの気遣い、路面やクルマの状態。

もちろん、レース当日だけではありません。クルマの整備や用意、さらにはそのためにお金を捻出するところまで、文字通り自分の全てで戦うことになります。

だから、表面上の自分だけじゃ足りないんです。全てが問われているのだから、自分の中にある全てをさらけ出さなきゃならない。だから、レースは人を育てるんです。日常でこんなに自分が問われること、普通はないですから。

優等生な表面だけでは戦えない。自分の全てが問われるのがレース。実際に初めてのレースで3人は大きく変化したように見える。

トラブルもあったが、初戦『モビリティリゾートもてぎ』が与えてくれたものは、あまりに大きかった。

次の戦いは、『筑波サーキット』。走行会でも運転し、その後の練習でも走った“ホーム”とも言っていいコースだ。これが本命と言ってもいいだろう。

初めてのレースに育てられた3人が、どんな走りを見せてくれるのか。そして、人としてどんな変化を遂げるのか、楽しみでならない。