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【Virtual to Real : Step 0】「なあ、どこまで行ける?」eスポーツプレーヤーとクルマとの、最初の“対話”

eモータースポーツ。グランツーリスモを始めとしたドライビングシミュレーターを用いて競い合うそれは、もはやゲームの枠を超え、新しいモータースポーツの1つとして大きな盛り上がりを見せている。

マツダは、ここに可能性を見出した。eモータースポーツは、リアルにつながる。

徹底的にリアルを追求したバーチャルのコースを駆け抜ける彼らなら、本物のクルマにも楽しさを見出すことができるのではないか。

『バーチャルからリアルへの道』そう銘打たれたプログラムは、業界では異端の取り組みだった。

グランツーリスモでしのぎを削るプレーヤーの中で、リアルレースへの参加希望者を走行会に招待。さらにそこから選抜を経て、1年間のシリーズ戦であるマツ耐(マツダファンエンデュランス)へMAZDA SPIRIT RACINGの一員として参戦する。

一人のレーサーとしてだけではない。チームで挑む難しさ、面白さを各地を転戦する中で知ることとなる。
「前向きに今日を生きる人の輪を広げる」を掲げるマツダらしい、個ではなくチームで向き合うプログラムだ。

Chapter 1:集う、バーチャルの猛者たち。

3月、春時雨の降る筑波サーキットに、集まる影があった。

全国都道府県対抗eスポーツ選手権や、JEGT(国内有数のeモータースポーツリーグ)で名を馳せるプレーヤーたちだ。

だが、そんな彼らもこの日ばかりは少し浮き足立っているように見えた。

入り口にずらりと並んだロードスターが出迎える、『走行会(リアルサーキット体験会)』だ。二日間を通して、サーキット走行に必要な基本動作からライセンス取得、実際の走行までを行う。

会場に案内され、集まった7名がそれぞれ自己紹介をする。顔や本名ではピンと来ないが、グランツーリスモのIDを聞けば「ああ!あの!」とバーチャルのサーキットで “顔見知り”なのが彼らならではだ。

概要が説明された後、マツダの前田育男氏より、ビデオメッセージが再生された。

前田育男(まえだ いくお)-「魂動デザイン」をはじめ、マツダのデザインとブランドを長年牽引。MAZDA SPIRIT RACING代表。

前田

まずは何より、クルマを好きになってほしいと思っています。そして、クルマとの“対話”を通して一体になる体験をしてみてください。

前田から伝えられた、“対話”というキーワード。彼らはこれからその意味を、二日間で深く知ることとなる。

Chapter 2:待ち受ける、“リアルの洗礼”。

クルマの乗り方、シートベルトの締め方など、基本的なことを学習した後は筑波サーキット内のTC1000という、やや小さなコースへ。

だが、走るのはまず“自分の足”でだ。

ゲームの中でなら何千回と走ってきたサーキット。しかし、実際に走ってみると意外な驚きがある。

ゲームでは、タイヤが少し乗り上げる程度では気にも止めなかったコース脇。しかし実際に歩くと、想像以上の段差がそこにあった。

その後、ロードスターの助手席に座り、講師の運転でコースを走り抜ける。

ゲームでは、あらゆるクルマをトップスピードで走らせてきた彼ら。「これくらいの小さいコースなら」と油断したのも束の間、その違いを思い知ることになる。

サーキットでの走行は、非日常な体験だ。カーブのたび、左右に強いGがかかり、少しでも力を抜けば全身の関節が外側に傾く。まっすぐ座っているだけでも、グッと力をこめる必要がある。

しかもこの日は雨の影響で路面はウェット。カーブでは容赦なくリアタイヤが滑る。滑った瞬間に、横へのGが一瞬とぎれ、全身に込めていた力が行き場を失う。体を立て直しているうちに、すぐ次のカーブだ。

例えるなら、急カーブを繰り返すジェットコースターに乗っているようなものだ。一周するだけでも、ドッと全身が疲れ果てる。

乗るだけで消耗するこれに乗りながら、運転もして、さらには競い合う?

この“リアルの洗礼”を受けた参加者たちの顔は一気に少年のようにほころんだ。

「怖い怖い怖い!」「走った後は、飯食えなくなるわ、こんなの!」

助手席に座っただけで息が上がり、笑いながら他の参加者と語り合う彼ら。体力勝負な側面も、リアルレースならではだろう。

次に座るのはいよいよ運転席。

ここから、クルマとの“対話”がはじまる。

Chapter 3:押しつけるだけじゃ伝わらない、クルマも人も。

いよいよ運転。ヘルメットを被り、ハンドルを握る。

コースを走るだけでなく、途中にスラロームが用意され、まずは走る体験をしてもらおうという取り組みだ。

リアルは初めてでも、彼らは都道府県やチームを代表するeモータースポーツプレーヤーなのだ。クルマの挙動は頭に入っている。緊張感を持ちながらも、プライドを持って走り出した彼ら。だが、々とパイロンに接触してしまう。

コーチなら曲がれるカーブでも、自分のクルマは曲がってくれない。使っているのは同じクルマのはずだ。一体何が違うのか。困惑する彼らに、コーチからアドバイスが。

加藤 彰彬(かとう・てるあき)さん。自身もeモータースポーツプレーヤーでもあり、レーサーでもある。「バーチャルからリアル」のプログラムのチーフインストラクターを務める。

加藤氏

クルマの声に耳を傾けてみてください。

よくマツダが言う“人馬一体”。あれは、クルマがどんな無茶な命令でも聞いてくれるって話じゃないんです。

あなたがハンドルを切る時、それは“お願い”なんです。「こっちに行きたい」というお願い。そうしたら、クルマはちゃんと“返事”をしてくる。「今はこういう状態だ」「車体はこっちに動きたい」と、クルマは五感を通してあなたに言葉を伝えようとしてきます。それに耳を傾けなくちゃいけない。クルマのやりたいことを五感で聞いて、それに合わせながらも、あなたのやりたいことも運転で伝える。

この対話を繰り返す中で、クルマのやりたいこととあなたのやりたいことが、一致していく。これこそが、“人馬一体”なんです。

具体的なことを言えば、車体の傾きやサスペンションの沈み込み、今かかっている慣性を理解するということなのだろう。だが、最初の前田氏の説明と合わせて、この“対話”のアドバイスは参加者達に深く刻み込まれることとなった。

体にかかるGと車体の沈み込みを全身で感じ、クルマの声を聞く。リアルならではのアプローチを知った彼らの動きは、目に見えて変わっていった。

クルマの声を聞こうと懸命に走る彼らを見ながら、加藤氏は小さく教えてくれる。

加藤氏

押しつけるだけでは伝わらない、進めないのは、実はチームの仲間に対しても同じなんです。自分のやりたいことを伝えながらも、相手の声も聞いて、気持ちを合わせていく。そうして一体になれることが、チームで挑む上で重要なポイントです。

走りでもチームでも大切な、“対話”。

彼らはこれに気づくことができるのだろうか。

選抜はもう始まっている。

Chapter 4:“対話”で開かれた、バーチャルの“真価”

押しつけるのではなく、“対話”する。

この発見は、彼らの走りだけでなく、発言も変えていった。

最初の方は、「怖い」「速く走れているか」「うまく操作できているか」といった、自分ばかりに注目した発言が多かった彼ら。

しかし、“対話”のアドバイスを聞いてからは質が変わっていった。

参加者の植木さん。最初は「怖い」と言う声ばかりが聞こえていた彼だったが、アドバイスを受けてからは「どこまで曲がってくれるのか、その限界を知りたい」とクルマに目を向ける質問が増えていった。

また、改めてロードスターに驚く参加者も。

参加者の中川さん。「ロール(傾き)が大きい。ゲームではこんなことわからなかった」「合わせてやれば、こんなに曲がるのか。想像の3倍曲がる」など驚きの声があがる。

マツダの林は語る

林 涼太。「クルマが好きになるきっかけとなったレースに関わりたい」と、2年前に志望して広告宣伝領域からMAZDA SPIRIT RACINGへ。自身もサーキットを走る。

ロードスターを「楽しいクルマ」と言っていただけることが多いんですが、それは率直で正直なクルマだからだと思うんです。クルマの声を聞かずに下手に走らせれば、走りもイマイチになる。でも、息を合わせて走れたときは、驚くほど曲がり、機敏に応えてくれる。乗り手によって、同じクルマとは思えないくらい違う動きをするんです。クルマを知り、自分を知りながら“対話”をするには、これ以上のパートナーはいないと思います。

チェッカーフラッグが振られ、1日目は終了。

TC1000という小さいコースながら、彼らの掴んだものはあまりに大きかった。

同時に彼らの表情も変わっていった。

走るだけでやっとだった彼らが、自分のドライビングを映像で振り返り、自分がクルマの力を活かしきれていたかを確認していく。その過程を楽しみ始めているようだった。

彼らの真価はここにある。走りを振り返り、自分の課題を見つけ、トライ&エラーの中で改善する。この過程を楽しみ熱中できるのが、eスポーツプレーヤー達の強みだった。

加藤氏はその入り口に立たせることの重要性を語る。

加藤氏

eスポーツプレーヤーがリアルに入ろうとすることはよくあるんです。でも、ゲームならできていたトライ&エラーが、リアルになった途端どうすればいいかわからなくなる。だから、この走行会では自分の走りの“振り返り方”を丁寧に教えます。数値をどう見ればいいか。自分の走りをどう評価すればいいか。思い通りにクルマが応えてくれなかったときは、何が起こっているのか。こうした、改善の仕方さえわかれば、普段からバーチャルで走っている彼らなら自分で改善していけます。吸収力は段違いですから。

マツダとの関わりは、この走行会だけで終わる参加者もいる。しかし、いつか彼らがサーキットを志したとき、自分だけでも高みを目指せる素地を作ること。これも走行会の目的だった。

明日はいよいよ筑波サーキットのメインコースである、TC2000の走行。参加者それぞれが発見と手応えを持ち帰り、雨のTC1000を後にした。

Chapter 5:リスクがあるからこそ“声を聞け”。

翌日は、いよいよ筑波サーキットのTC2000での走行。

グランツーリスモにも収録されており、バーチャルなら何度も走ったコースだ。

しかし、コースは頭に入っていても、その状況は常に変化し続ける。

レコードライン(多くのクルマが走る部分)はツルツルに削られている。最近補修された部分はグリップが強くかかる。雨でコース上に小さな川ができている。

ゲームでは経験したことのない、刻一刻と変化するコースがそこにはあった。

だからこそ重要なのが、チーム内でのコミュニケーションだ。

走った感想を興奮気味に語りながらも、情報共有がされていく。

「第一コーナーの後に川ができている」といったコースの状況から「どこまで外側を走ってもクルマは耐えられるんだろう」といったクルマに目を向けたものまで。

“対話”は人とクルマだけでなく、自然と人と人へと広がっていった。

走りと会話の中で、彼らの中で発見が共有された。リアル走行では、強いGがかかり体力勝負の側面もある。だが、五感の情報がむしろ走りやすいというのだ。

参加者の植木さんは語る

怖い、怖いんですよ。Gもかかるし、「重いクルマを動かしている」という感覚がゲームにない怖さだと思います。だけどそこが面白いし、ゲームよりも“走りやすい”と感じました。画面越しだけだとわからないいろんな情報が、五感を通して入ってくる。Gも情報だし、傾きも情報。そうやって、クルマの情報があらゆる方法で入ってくるので、ゲームよりも断然走りやすいと感じました。

Chapter 6:胸を張り、サーキットを駆けた7人。

TC2000でも自分の走りを振り返りながら改善していく。危ない箇所は、感覚に集中して耳を傾ければクルマが教えてくれる。そうして、リスクを肌で感じながらも、次第に楽しもうとする雰囲気が出てきた。

最後の走行の頃には雨も止み、晴れ間も見えるように。

2日間で変化したのは、走りだけではなかった。クルマと“対話”し、声を聞きながら走る。仲間と“対話”しポイントを語り合ったり、チームが走りやすいようにサポートできる。

ハンドル捌きだけではなく、その立ち振る舞いから、胸を張ってサーキットを走れるようになった7人が、そこにいた。

ここから選抜で選ばれるのは、わずか3人。誰が選ばれてもおかしくない。

走行後に行われた面談では、彼らがそれぞれの思いを伝える。マツダ側も、本人の希望を真剣に、丁寧に聞いていく。

そして、チーム全員で議論が尽くされ、今年一年を共に戦う3名が選抜された。

中西拓也。和歌山在住。トラックドライバーとして全国を飛び回りながら国体に参加するプレーヤー。寡黙ながらも、走行会の間、常に全体に気を配る視野の広さが見られた。

岡村康平。大阪在住。自動車設計士として働き、長年このプログラムへの参加を夢見てきた。リーダーシップを発揮し、全体とのコミュニケーションを欠かさなかった。

植木俊輔。茨城在住。トラックのキャリア部分の設計している。「怖い」「不安」といった感情を率直に伝えながらもネガティブな雰囲気を出さず、誰に対しても話しかけ情報を収集、共有していた。

走行会が終わった。

全員がクルマとの“対話”の方法をつかみ、改善の仕方を学んだ。きっとこれからクルマに乗るたびに“対話”し、バーチャルと同じように自身を高めていくだろう。

そして、選抜された3人の物語は、ここからスタートする。彼らはもはやゲストではない。MAZDA SPIRIT RACINGの看板を背負う一員として、1年間のシリーズへと参戦するのだ。

彼らは、一年の果てにどんな景色を見るのだろうか。

雨上がりのサーキットに、それぞれの旅路を後押しするような風が吹いた。