10月30日〜11月9日にかけて東京ビッグサイトで開催された「Japan Mobility Show2025」。そこでお披露目されたのが、マツダ独自のデザインアイデンティティである「魂動デザイン」をさらに突き詰め、これまでにない奥行きと幅を表現した「MAZDA VISION X-COUPE」「MAZDA VISION X-COMPACT」という2台のVISIONモデル(コンセプトカー)です。今回、編集部はこの2台の製作を陣頭指揮したシニアフェロー ブランドデザインの前田育男、アドバンススタジオ部長兼チーフデザイナーの岩尾典史、また新たにデザイン本部長に就任した木元英二の三人にインタビュー。さらにこれらVISIONモデルの製作に携わったデザイナーやモデラーのコメントとあわせて、人々の心を豊かにするデザインの力の根源や、魂動デザインのこれからに迫ります。
2025.11.28
魂動デザインの未来を照らす二つの光 ―VISIONモデルで見えたマツダデザインの道標―
「Japan Mobility Show2025(以下、JMS)」におけるマツダブースのコンセプトは、「走る歓びは、地球を笑顔にする」。そんななかで多くの来場者の視線を釘付けにしたのが2台のVISIONモデルでした。これらは今回のJMSに合わせて用意されたデザインサンプルとしての試作車ではなく、ここから数年先のマツダ車のあり方を明確に示す指針として、また2009年からマツダが提唱してきたデザイン哲学「魂動デザイン」が新たなフェーズに突入したことを宣言するシンボルとして発表されました。
魂動デザインの進化と新たな引き出しの提示
MAZDA VISION X-COUPEは、魂動デザインの進化の過程でここ数年注力してきた「引き算の美学」を極限まで突き詰めた一台。造形面では、ボディサイドの光のリフレクションに対するこだわりをさらに一歩前に進め、骨格そのものの強さ・美しさに光が追従するような新たなクルマの見え方を追求。デザインテーマを「ソリッドムーブ(SOLID MOVE)」と称して、ボディサイドだけでなくクルマ全体でダイナミックさが表現されています。
骨格、シルエット全体で独特かつ大きな動き、フォルムでソリッドな強さを表現。リア周りはフロント同様、強い立体表現を中心に、ライトもフォルムの一部としてデザインしている。
シームレスなフェイスや新しいグリル、強い立体表現で新たなブランド表現にチャレンジ。ライティングシグニチャーを採用し、軽量化・空力にも寄与する構造に。一見ホワイトにも見えるボディカラーは新開発の「GLASS SILVER(グラスシルバー)」。金属が持つ硬質感に加え透明感も感じさせる新しい時代の塗装で、色気を感じさせる鮮やかさを表現。
水平基調のインストルメンタルパネルに丸型メーターが並ぶ。円形のステアリングやシフトノブとともに、内装からはオーセンティックな雰囲気が漂う。インフォテイメントのためのスクリーンは運転視界を遮らない位置に配置し、ドライバーが運転に必要な情報をメーター付近に集中させ、ドライバーオリエンテッドな空間を表現。
もう一台のMAZDA VISION X-COMPACTは、人の感覚をデジタル化した「人体・感性モデル」と共感型AIの融合で、人とクルマの絆をさらに深めることを目指したという一台。ソフトウェア面だけでなく、造形そのものからも自分の相棒になってくれそうな親近感を表現し、「ソリッドムーブ」の考えに基づいた、少し前傾気味の躍動感あるエクステリアも特徴です。
テーマは「親友のようなクルマ」。クルマと気取らない会話をしたり、行き先を提案してくれたりといったインタラクティブな関係を築きながら、自分の世界を広げてくれる。そんな人とクルマの新しい関係を目指して製作された。
ポップなデザインに振り切ったMAZDA VISION X-COMPACT。エクステリアからは親近感や愛らしさとともに、今回のVISIONモデルのキーワードのひとつである「塊感」も伝わってくる。
若手デザイナーを中心にまとめ上げられたMAZDA VISION X-COMPACTは、インテリアも独特。エクステリアとの連続性をもたせて、ラフに乗れるギア感を演出している。
さて、マツダ車のデザイン、ひいてはマツダブランド全体のアイデンティティにもなっている魂動デザインの登場からおよそ15年。ここからは魂動デザインの生みの親にして、MAZDA VISION X-COUPEとMAZDA VISION X-COMPACTのデザインを総指揮したシニアフェロー ブランドデザインの前田育男のメッセージを紹介。魂動デザインのこれまでとこれから、そして2台のVISIONモデルに託した想いを語ってもらいました。
VISIONモデルとは私たちの覚悟を示すもの
前田育男(まえだいくお)。1982年マツダ入社。チーフデザイナーとしてRX-8や3代目デミオを手がけ、デザイン本部長就任後の2010年にはデザインコンセプト「魂動」を発表し、マツダデザインを率いてきた。2013年執行役員、2016年常務執行役員としてクルマのデザインだけでなく、CI/店舗などのブランドデザインも手掛ける。現在は、シニアフェローとしてブランドデザインを担当しつつ、MAZDA SPIRIT RACING代表も務めている。
前田:
魂動デザインを発表したのは、私がデザイン本部長に就任した2009年のことでした。デザインが哲学を持ち、そしてブランド価値の一つの柱となるには長い時間が必要だと考え、その時点で、魂動デザインの完成に向けた20年先までのケーデンス(長期構想)を自分なりにイメージしていました。20年間を大まかに3つのフェーズに分け、第1フェーズでは、魂動デザインのコアテーマである「生命感」の表現を追求し、その端的な例として自然や生き物を参照しながら、クルマのデザインに命を吹き込もうとしました。第2フェーズでは、日本を代表するデザインブランドを目指して日本らしい美の追求を行いました。徹底して要素を削り落としシンプルな美しさを際立たせる、「引き算の美学」をテーマとした挑戦となりました。
1枚目:魂動デザインの第1フェーズで披露したコンセプトカー「マツダ 靭(SHINARI)」 / 2枚目:第2フェーズで登場した「MAZDA RX-VISION」 と 「MAZDA VISION COUPE」
そしてこの度、MAZDA VISION X-COUPEとMAZDA VISION X-COMPACTの公開をもって、魂動デザイン20年計画の最終フェーズのスタートラインに立ったと考えています。このフェーズの基本方針は「継承と進化=ネオ・オーセンティック」。魂動デザインで今まで積み上げてきた価値をさらに磨き上げながら、新たな時代の表現に挑戦していく。私個人としては「とうとうここまで来たか」という気持ちでとても感慨深いですし、この計画の完遂に向けてワクワクしているところです。
MAZDA VISION X-COUPEは、これまで作った中でも最も難しいクルマでした。さまざまな要素を徹底的に引き算することで日本の美意識の本質を見つけ出す。ここに挑戦することが継承の意図だし、オンリーワン価値創造の基礎となると考えました。それを突き詰めた結果、「マツダらしさ」や「クルマらしさ」、「色気」といったものまですべて削ぎ落としてしまったこともありました。しかしそこまで引き算してみたことで、マツダのクルマに本当に必要な表現や要素を再認識することができ、結果シンプルながら、こうした塊感のある“強い”デザインを創り上げることが出来たと思っています。
一方、MAZDA VISION X-COMPACTでは魂動デザインの新たな引き出しを見せるべく、“相棒“をテーマに「こんなクルマが欲しい!」と思える表現を目指しました。私がこうした類のクルマを手がけるというのは意外だという人もいます。しかし「継承と進化」を見せるフェーズにおいて、魂動デザインの思想を徹底的に追究した究極の一台であるMAZDA VISION X-COUPE、と、この相棒=MAZDA VISION X-COMPACTの2台を同時に発表することは、魂動表現の幅、進化を感じさせる新たな挑戦を伝えるためには必然だったと考えています。
今回のプロジェクトは、「継承と進化」というキーワードのもと、これまでのマツダのデザインワークの中から何を継承し、何を進化させていくべきかをみんなで考えることから始めました。若いメンバーも増えている中で、チーム全員でこの15年間を振り返りながら、守るべきものと時代に合わせて変えていくべきものをセグメントしていきました。その過程では、私自身が「なるほど」と思わされることや新たな気づきもあり、ここまで積み上げてきたものが若いメンバーにもしっかり浸透しているという手応えを感じることができました。いつかは私が退くときがやってきますが、きっと次のジェネレーションが魂動デザインをさらに発展させてくれるはずです。「継承と進化」というのは今回のデザイン表現の文脈としてはもちろん、魂動デザインそのものの今後を占う意味でも鍵を握るキーワードなのかもしれません。
マツダがVISIONモデルを作る意味。それは「私たちの覚悟を決めること」、これに尽きます。この先の数年間、マツダはこんな挑戦を行っていくという宣言であり、プロダクションの方向性を示す指針として、我々がその都度立ち返ることができる参照元のようなものだと考えています。だからこそVISIONモデルは荒唐無稽な絵空事では決してなく、きわめて実用的なものとしてカタチにしています。VISIONモデル=マツダの覚悟。それくらいの気持ちを持って、今後もデザインチームのメンバーとクルマのデザインに向き合っていきたいですね。
人の心を動かすデザインを実現するために
そんな前田の思想を2台のVISIONモデルとして具現化するために、製作の最前線で奔走したのがデザイン本部アドバンスデザインスタジオ部長兼チーフデザイナーの岩尾典史。前田の良き理解者でもある彼に、実際の製作にあたっての苦労や完成までの熱い想いを聞きました。
岩尾典史(いわおのりひと)1993年マツダ入社。量産車のパーツデザインに携わったのち、タイタン(トラック)のデザインなどを担当。その後アドバンスデザインに移り、1999年の東京モーターショーで発表したRX-EVOLVを皮切りに、シークレットハイドアウト(SECRET HIDEOUT)、先駆(SENKU)などモーターショーで出展されるショーカー、コンセプトカー、ビジョンモデル(MAZDA RX-VISION, MAZDA VISION COUPE)を計13モデル担当。またCX-5、CX-3, CX-50, CX-60など量産車のデザインや先行デザインなども手がけている。
岩尾:
マツダの未来をVISIONモデルとして具現化するために、まずはメンバーを招集して「Team VISION」というチームを作りました。メンバーの所属部署や専門はさまざまで、デザイナーだけでなく、クレイモデラーやデジタルモデラー、ハードモデラ―もいます。一般的にモデラーは、デザイナーがスケッチで描いたものをカタチにするのが仕事ですが、ここでは彼らも“デザインから考える”、というのをやってもらいました。お互いの専門領域を超えてデザインを提案しあうことで、クオリティと精度を高めていく。こうした共創的なクリエーションスタイルはマツダ独自ではないかなと思います。
こうしてデザインのVISIONをクルマの形として具現化するまでに約2年かかっているのですが、その中でいろんな挑戦をしました。マツダが培ってきた魂動デザインの「継承」はもちろんですが、「進化」として次の一手となるようなアプローチをどう実現すればよいかを模索し続けました。引き算を極め、強さ、動き、意志を先鋭化させる、そのひとつが「ソリッドムーブ(SOLID MOVE)」というデザインテーマとして結実したのですが、これはチーム全員のこのクルマにかける想いやたくさんの試行錯誤が積み重なって生まれた賜物。今回のVISIONモデル2台は、ひとつのゴールを達成するためにみんなの想いをひとつにしていく、そんなチームビルディングの成果でもあると言えます。
「共に作る」という手法は一見民主的に映るかもしれませんが、実は一人ひとりのメンバーにとっては戦いでもありました。自身のアイディアがMAZDA VISION X-COUPEやMAZDA VISION X-COMPACTに反映された人もいれば、そうでない人もいます。その中で私は自分自身を、デザイン・クリエイティブ・コンダクター(指揮者)と称しています。オーケストラの指揮者が各楽器の音色や特性を把握しているように、私もメンバー一人ひとりを理解して、心が折れることなく常に前向きにアイディアを出し続けられる環境を整えるというのが大事な役目でした。さらに言うと、私は指揮者兼プレイヤーでもあります。私自身もデザインに参加することで、指揮をする上での説得力も上がりますし、メンバーと同じ目線・言語でコミュニケーションできるという側面もありました。
MAZDA VISION X-COMPACTの製作風景の一コマ。メンバーとともにエクステリアの面造形の修正の方向性を探り、理想のデザインにチームで近づけていく。
VISIONモデルのようなショーモデルは、外部のモデルメーカーによる「ファブリケーション(デザインモデル製作)」という工程を経て展示可能な1/1スケールの実車になります。私たちが構築したデザインを正確に再現してもらうには、ときに細かくシビアなやり取りも必要です。だからこそ製造を始める前から業者様には「サプライヤーとしてではなく、マツダとワンチームになって進めていきましょう」と熱弁し、今回のVISIONモデルを絶対にいいものにするための協力をお願いしました。その熱意が通じたのか、今ここにあるVISIONモデル2台は完璧な精度でファブリケーションされたクルマに仕上がりました。
今日、このブースの大画面で流しているイメージ映像の夕陽がMAZDA VISION X-COUPEのボディにきれいに反射した瞬間、感動して涙を流していた女性がいました。デザインというのは、カタチそのもののクオリティ以上に、見た人の心を動かし豊かな気持ちになってもらう事が大切だと思います。今回のVISIONモデルの製作を通じて、人を感動させるには人の力と熱意がいる、ということを再認識しましたね。
魂動デザインを継承しながら想像を超えた驚きを
続いて話を聞いたのは、今年からデザイン本部長に就任した木元英二。今後のマツダデザインを率いる立場として、2台のVISIONモデルの印象と魂動デザインのこれからについて語ってもらいました。
木元英二(きもとえいじ)2003年マツダ入社。理系出身ながらデザイナーとして自動車業界へ。マツダに転職後はアドバンススタジオでショーカーのデザインを担当。その後CX-9やCX-50といったアメリカ市場向けの量産車のデザインを手がけたのち、昨年発表されたEV、EZ-60のデザインを指揮。今年からマツダデザイン本部の本部長を務める。
木元:
今回のVISIONをモデルは、引き算を突き詰めた現時点での魂動デザインの究極形だと思います。とくにMAZDA VISION X-COUPEは今後のマツダの方向を示すスタートラインに立つクルマなので、そのエッセンスを今後の量産車にどう反映させていこうかと今からワクワクしているとともに、身が引き締まる想いです。
前田が作り上げた魂動デザインの「イズム」は社内にしっかりと根付いており、ひとつのブランドとして多くの方々に認知していただいています。いずれ彼が勇退したとしても、魂動デザインひいてはマツダらしいデザイン文脈を継承するべく、私がしっかりと本部長の任を全うしないといけないと考えています。
私がデザイナーとして大事にしているのは、「この手があったか」という驚きを提供することです。人々の想像を超えるレベルのデザインを創造しつつも、捉えどころのないものにはぜず、「そうそう、これを求めてたんだ」とお客様に思ってもらえるような提案をしていきたいと考えています。その指針として今回のVISIONモデルがあるわけですが、次の量産車のデザインがこの2台のデザイン要素を切り貼りしただけのものではダメだし面白くないですよね。そこにどう想像を超えるエッセンスを加えていくかが作る側の楽しみでもあります。クルマ好きやマツダファンの皆さんには、今後の魂動デザインの進化にもぜひ期待していてほしいですね。
VISIONモデルのデザイナー・モデラーに聞いた 「ディテールの美へのこだわり」
「共に作る」をキーワードに、メンバーがセンスとアイディアを惜しみなく注ぎ込み、根気よく粘り強くカタチにした2台のVISIONモデル。そのディテールにさらに迫るべく、実際にMAZDA VISION X-COUPEとMAZDA VISION X-COMPACTのデザインに携わったTeam VISIONメンバーたちにJMSの会場でインタビュー。担当者自身にデザインのポイントとこだわりを解説してもらいました。
大野晃一(デザイン本部 プロダクションデザインスタジオ インテリアGr リードデザイナー)
担当車種:MAZDA VISION X-COUPE(メイン)、MAZDA VISION X-COMPACT
大野:
MAZDA VISION X-COUPEでは、ドアを開けた瞬間にドライバビリティを感じさせる3連メーター、ステアリング、シフトが際立つコクピット空間がポイント。運転により没入できるような新しいマツダのインテリアを目指しました。苦労したのは『継承と進化=ネオ・オーセンティック』をインテリアでどう表現するかでした。継承の面では、シンプルで運転に集中できる基本骨格にこだわり、進化については、サスティナブル素材、表面処理などが専門のCMFデザイナー(CMF:カラー/マテリアル/フィニッシュ(表面処理))に加えてインターフェースデザイナーとも共創し、人の感覚に沿った空間演出を目指して検証を重ねました。結果として新しい時代の価値観やニーズ、デジタライズされた要素をインテリア空間に取り入れることができ、『継承と進化』という課題をチームで乗り越えられたと思います。
髙橋快勢(デザイン本部 プロダクションデザインスタジオ インテリアGr デザイナー)
担当車種:MAZDA VISION X-COMPACT
髙橋:
私は主にMAZDA VISION X-COMPACT のインテリアを担当しました。エクステリアの赤いボディがそのままインテリアを横断していき、中にいながらもクルマとダイレクトに通じ合える空間を目指しました。苦労したのは、シンプルな空間構成のなかで、クオリティを確保しつつ、ドライバーオリエンテッドなコックピットを成立させることでした。“単なる簡素さ”に見えてしまわないよう、コックピットとして必要なボリューム感をしっかりと持たせ、メーターやステアリングまわりのディテール表現を作りこみました。特にこだわったのは、ステアリング内に収まるようメーターとスマホをセットで配置し、情報を一箇所に集約することで、運転に没入できるようにしたコックピットです。また、ワイヤーで吊るしたメーターや、あえてフレームをむき出しにした空間骨格など、構成要素をシンプルに見せながら機能性を保つ工夫も凝らしました。自転車のように気軽に乗れて、シンプルだからこそ愛着が湧く、そんなインテリアを作れたかと思います。
野田和久(デザイン本部 デザインモデリングスタジオ シニアクリエイティブエキスパート クレーモデラー)
担当車種:MAZDA VISION X-COUPE
野田:
MAZDA VISION X-COUPEでは、クルマ全体をひとつの塊として表現することに注力しました。具体的には、センターシルエットから4つのタイヤ方向に向かって車全体の力が包み込むようにして掛かるイメージで立体構成することで、引き算の美学をカタチにしました。さらに立体のコントラストの変化をコントロールし、マツダらしいスピード感と美しい力強さを表現しています。難しかったのは『ソリッドムーブ』というキーワードの解釈とその立体表現でしょうか。SOLIDを求め過ぎるとMOVEが失われ、MOVEを出すとSOLIDが足りなくなる。そんな相反するイメージの組み合わせを両立させるために、あえて若干弱く見せた部分もあるんです。そうしたメリハリも通じて、色気のある立体の力強さと軽快さを併せ持ったバランスを見つけることができました。
槇野遼馬(デザイン本部 プロダクションデザインスタジオ エクステリアGr リードデザイナー)
担当車種:MAZDA VISION X-COMPACT
槇野:
マツダ初の量産車は、R360クーペという小型でかわいらしい愛される実用車でした。小型車から始まったこの会社の歴史やストーリーに新しい風を吹き込みたい、マツダの作る小型車に新たな歴史を刻みたい。そんな想いから、エクステリアリーダーとしてMAZDA VISION X-COMPACTのスケッチを始めました。
特に力を入れたチャレンジは2つ。ひとつは骨格とフォルムを一体で表現すること。結果としてクラシカルなのにモダンで親しみやすい、100メートル離れていても分かるような愛らしいエクステリアになりました。もうひとつは表情です。ただかわいいだけではなく、いかに「かっこよさ」や「凛々しさ」を同居させるかが一番の悩みどころでした。でも最後の最後までチームでデザインを練り上げ、「いい道具感」のようなものが表現できたと思います。これらのチャレンジを経てクルマが完成したときは自然と涙がこぼれましたね。何か新しい命がマツダデザインに宿った気がしたんです。これこそ魂が動く「魂動」なんだと。デザイナーとして、このクルマを見たすべての人の心も豊かになることを願っています。
山下美奈(デザイン本部 アドバンスデザインスタジオ シニアスペシャリスト CMFデザイナー)
担当車種:MAZDA VISION X-COUPE / MAZDA VISION X-COMPACT
山下:
私は内外装のカラー、マテリアル、フィニッシュ(表面処理)の領域で2つのVISIONモデルに携わりました。MAZDA VISION X-COUPEでは新しいボディカラー『グラスシルバー(GLASS SILVER)』を開発しました。「ネオ・オーセンティック」というテーマから、CMFでは“未来に残すべき本質的価値”を探ることにしました。魂動デザインが自然環境と向き合った姿としてどうあるべきかを考えているうちに、生命感の源は水なのでは?と思うように。そこで今回はあえて色味を排して質感だけでチャレンジしてみようとスタートしました。透明感があるのに金属の強さも感じさせる、モダンで色気のあるシルバーを目指しました。景色の色と共鳴する美しさ、明るい未来のマシン…そんなイメージが伝わったらいいなと。明るいグレーの下地の上に超微粒子メタルを何十層と重ねて金属が透けているような質感を表現したのですが、せっかく作り上げたメタルの色味が試し塗りのときと本番では違ってしまい、その原因を突き止め、本社の塗装ブースと同じ色をモデルメーカーの塗装ブースで再現することにとにかく苦労しましたね。内装ではシーウールという牡蠣殻を再利用した繊維素材もシートに使用したり、瀬戸内海の美しい海の色からインスピレーションを受けた「シーグリーン」の内装色もポイント。ボディで色味を抜いたので内装では少し色で遊び心を。落ち着いた上質さと軽やかな心地よさを両方味わえる大人の空間になっていると思います。
山下:
MAZDA VISION X-COMPACTでは、クーペとは真逆ではじけるような可愛さを表現したくて、前回のJMSで展示したMAZDA ICONIC SPでも採用した鮮やかなビオラレッドを塗りました。ソリッドムーブのテーマもあり、メタリックカラーよりソリッド調のほうが塊の存在感がより際立つと考えました。車の少しレトロな雰囲気にもよく似合っていると思います。苦労したのはシート表皮の張り込みですね。見えないところに切り継ぎなどを入れて、造形そのものを崩さぬように細かな調整を行いながら仕上げました。こだわったのは、むき出しの赤いフレームとそれを包む表皮という、ハードな素材とソフトな素材のコントラストです。スポーツタイプの自転車のサドルを想起させる軽やかでスポーティな合皮、丈夫なギアのようなナイロンファブリック、和紙のようなリサイクルカーボン、メカニカルな金属、先進的な透明素材、ワイヤーなどバラバラな要素をバランスよく、統一感をもってインテリアデザイナーと一緒にまとめた点にも注目してほしいですね。しかもこんなにスポーティにみえてどれもサスティナブルな素材で出来ています。かわいいけどかっこよくて性格も良い奴なんですよ(笑)相棒になるならそんな子がいいですね。
Team VISION全員とVISIONモデル(クレイモデル)の集合写真。2台のVISIONモデルを同時に制作するのは初めての挑戦。JMS会場に無事に2台とも展示できたのは、それぞれの専門領域を越えたチームとしての共創環境があったからと、多くのメンバーから同じコメントがあったことが印象的だった。
VISION MODEL GALLERY
MAZDA VISION X-COUPE (EXTERIOR)
引き算の美学を追求し、骨格の動きをデザインすることで、一見シンプルなデザインながら、リアから打ち出された強い力を一気に前に押し出しするクルマ全体としてのダイナミックな動きを表現。「光を動かす」従来のアプローチではなく、「骨格を動かし(SOLID MOVE)、結果光がそれに追従する」という新しいアプローチに挑戦している。ボディサイドに映り込む映像から、これまで以上に緻密なデザイン造形が織り込まれていることがよく分かる。
MAZDA VISION X-COUPE (INTERIOR)
ドアを開けた瞬間に目に飛び込む3連メーターに運転意欲が一気に高まる。瀬戸内の海の色からインスピレーションを受けた「シーグリーン」の内装色も特徴的で、間接照明の演出と合わせて上質さと心地よさを併せ持った室内空間を感じさせる。シートには牡蠣殻を再利用した繊維素材が使われており、“牡蠣殻処分”という地元広島の地域課題解決の新しいアプローチも提案。
MAZDA VISION X-COMPACT(EXTERIOR)
クラシカルなのにモダンで親しみやすく、遠目からも愛らしさを感じるエクステリア。ただかわいいだけではなく、「かっこよさ」や「凛々しさ」も感じさせる表情からは「良き相棒」として生活の隣に置きたくなる所有欲が高まる。
MAZDA VISION X-COMPACT(INTERIOR)
エクステリアの鮮やかなビオラレッドのボディ色が室内を横断する特徴的なインテリア。スポーティな合皮、丈夫なギアのようなナイロンファブリック、和紙のようなリサイクルカーボン、メカニカルな金属、先進的な透明素材、ワイヤーなどバラバラな要素をバランスよく統一感をもってまとめられている。スポーティにみえてどれもサスティナブルな素材で構成されているのも、これからの時代の相棒には大切な要素。
編集後記
今回はVISIONモデルの製作過程から取材をさせてもらい、メンバーそれぞれが「継承と進化」というテーマに本気で向き合い、自分なりの答えを模索し、そこに向けた数々の挑戦が2台のVISONモデルとしてカタチとなった姿を目の当たりにすることが出来ました。新しい時代のマツダデザインを示すスタートラインとなった今回のVISIONモデル、そこに携わったデザイナー・モデラーそれぞれが掴んだ「継承と進化」の答えやヒントが、これからのマツダデザインを更なる高みに導いてくれる大きな力になると期待が高まった取材でした。一マツダ社員でありつつも、マツダファンの一人として、これからのマツダのデザインを心から楽しみにしています。
特集記事
JAPAN MOBILITY SHOW 2025「走る歓びは、地球を笑顔にする」マツダが描く2035年のモビリティの未来
JMS 2025「走るほど地球がきれいになる?」 MAZDA VISION X-COUPEが描く未来の走る歓び
JMS 2025「“親友”のようなクルマ?」 MAZDA VISION X-COMPACTが描く未来の人とクルマの関係
MAZDA | JAPAN MOBILITY SHOW 2025
関連リンク
マツダのモノ造りの美学>
魂を吹き込む。命を与える。思想を実現する。マツダデザインのモノづくり。