アメリカでは、4ドアセダンを「プロテジェ」の名で販売し、エンジンは国内より大排気量の1,800ccのSOHCおよびDOHCを設定して、信頼性への高い評価とともに、アメリカ市場での基幹車種となっていった。
マツダは、資本提携関係にあるアメリカのフォード社との間で、ファミリアを基に内外装を変更した「レーザー」を、マツダで生産し、フォード販売店で売り出していた。機能はファミリアそのままだが、デザインはフォード独自のもので、独立した個性を表現していた。
また、レーザーを基に、フォードのメキシコ工場では「マーキュリー・トレーサー」を生産し、北米市場で販売した。
量販小型車の「エスコート」も、機械設計部分でファミリアを基本としている。エスコートは、93年のアメリカ市場におけるサブコンパクト部門のベストセラーであり、トラックを含めた全車種販売部門でも9位に入る健闘ぶりであった。
7代目ファミリアにも、フルタイム4輪駆動は健在で、89年8月に発売した。これに前後駆動力配分という新しい技術を採り入れ、駆動力伝達をフロント43:リア57の配分とすることで、スポーツ走行性能をより向上させたのである。また、4輪駆動でありながら、4輪アンチロック・ブレーキ・システム(4W-ABS)を標準装備した。エンジンは、1,800cc直列4気筒DOHCターボで180psに向上させている。
3ドアハッチバックの「GT-X」は、マツダ・ヨーロッパ・チームから世界ラリー選手権へ参戦するベース車となり、グループN(小改造部門)の89年マニュファクチャラーズチャンピオン、および91年のドライバーチャンピオンシップを勝ち取った。
7代目ファミリアで特筆すべきが、92年1月に発売した3ドアハッチバックの「GT-R」である。ラリーに勝つための少量生産モデルであり、大型ターボチャージャーを装備することにより、エンジン排気量1,800ccながら210psという大馬力を得た。GT-Xの開発と、ラリーという実践経験を踏まえた技術の蓄積に、競技車向けの技術や材料を惜しみなくつぎ込んだ、公道走行の可能な「スーパー・スポーツ・ファミリア」であった。