開発秘話

意のままに。軽快に。
ときめきに溢れた“人馬一体”の走りを実現した
エンジニアたちの知恵と執念。

革新的技術『SKYACTIV TECHNOLOGY』と、デザインテーマ『魂動(こどう)』をベースとして、ユニークなクルマを発信し続けるマツダ。中でもロードスターは同社のシンボルと言っていい一台だろう。1989年の初代(NA)登場から25年以上が経過する今もなお、世界中でファンを増やし続け、「世界で最も多く生産された2人乗り小型オープンスポーツカー」としてギネス認定も受けるほど。クルマは今やATが主流という時代の中、販売台数の7割がMT車という事実にも、同車の走りに魅了される人の多さが垣間見える。その4代目ロードスター(ND)開発プロジェクトに参加したのが、MTの開発設計を担当した延河克明と、クラッチ等の駆動系の実験研究に携わった石川美代子だ。市場に送り出されて以降、日本カー・オブ・ザ・イヤー(2015-2016)、ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー(2016)といった数々の栄誉を獲得したNDの開発には、延河・石川らエンジニアの“執念”と呼べる挑戦があった。

プロジェクトメンバー

延河 克明
開発設計エンジニア
1998年、中途でマツダに入社。

ずっとMTに携わる。後輪駆動車を中心に担当しており、RX-7、RX-8、ロードスター等を手がけた。「プロジェクトに加わったのは2012年から。でも気持ちの上では、3代目ロードスター(NC)登場直後から“次”に向けてスタートしていました」

石川 美代子
実験研究エンジニア
2006年入社。

クラッチシステム分野に長く携わり、SKYACTIVを搭載するMT車には全てタッチしている。「いつか訪れるND開発にどうしても参画したくて、ずっとデータを集めていたんです。それを提案してつかみ取ったチャンスなので、絶対いいものをつくってやる、と思いましたね」

ストーリー

“手の内・意のまま感”は、どうやれば図面化できるのか?

4代目ロードスター(ND)開発に加わった当初、プロジェクトリーダーからコンセプトを告げられた時の衝撃を、延河は今も忘れない。
「テーマは原点回帰。初代ロードスターの持つ“ときめき”を見直し、今の時代に合った “楽しさ”を実現する。そのために『“感”づくりをしよう』と言われた時には、面食らいました」
告げられたNDの“感”とは3つ。“手の内・意のまま感”“軽快感”“開放感”だ。延河が関わる駆動・操作系では、特に“手の内・意のまま感”“軽快感”を視野に入れることになる。しかし“意のまま感”なんて、どう図面に描けばいいんだ?
石川も同様の感想を抱いた。
「エンジニアは、定量値で語ることに慣れています。しかし、どうすれば“感覚”が数値化できるのか…。戸惑いばかりでした」
“感”とは何か。延河・石川らがまず行ったのは、「ストーリーのイメージ」だった。NDが停まっている。そこにドライバーが近づき、NDを見てハッとなる。ドアノブに手をかけて乗り込む。ドライビングポジションを合わせ、ステアリングを握る。エンジンをスタート。心地よいエキゾーストノートに、ドライバーの心が高ぶる。そしてクラッチを踏んで1速に入れる…。これらがよどみなくつながらなければ、ワクワクするストーリーは描けない。
「そして見えてきたのが“正しいドライビングポジション(ドラポジ)”でした」

正しいドラポジを守るための、ミリ単位のせめぎあい。

リラックスした状態で手を伸ばすと、ステアリングがある。左手を下ろすとシフトノブ、足を伸ばすとアクセル・ブレーキ・クラッチの各ペダルと、フットレストがある。自然に置いた体の先に、必要なものがある。意のままに楽しむには、正しいドラポジが不可欠だ。
石川は言う。
「不自然な体勢だとムダな力が入り、適切な操作ができない。ドラポジが正しいと、ドライバーはクルマの反応を正しく受け取り、必要な分だけ体を動かせばよくなります。だから疲れず、どこまでも走れる。“意のまま”のドライビングになるわけです」
しかし、NDの小さな車体の中で、正しいドラポジを維持できるよう操作系部品を配置するのは、簡単でない。事実、3代目ロードスターまでは、アクセル・ブレーキ・クラッチの各ペダルが人間の体よりやや右寄りに配置されていた。これを見直し、NDでは“人間中心”を徹底した。
「ペダルは踏み込む機器なので、ストロークする長さも必要。踏み込んだ時も心地よくないといけない。小さなスペースの中、まさにミリ単位のせめぎあいでした」
と語る延河に、石川が続ける。
「一般にエンジン出力が大きくなれば、相対的に駆動系部品も大きくなります。しかし、そうするとドラポジにしわ寄せが来る。サイズと操作力という、相反する機能を両立させるのは大変でした」
そうした厳しいせめぎあいを解決できたのは、
「全エンジニアが“自らの担当部品のスペックを優先する”ではなく、“NDを楽しいクルマにする”ことを最優先に考えた。みんなが、思わず歓声が漏れるようなクルマをつくろうと目指したおかげです」
と、延河は断言する。

既成概念を逸脱したやり方を、“執念”で可能に。

“ミリ単位のせめぎあい”は、開発の様々なシーンで行われた。
「MTは、内部構造をアルミダイキャストのハウジングに格納しています。このハウジングの壁の厚みは、通常、どこを切っても均一で、これを部分的に薄くしようと考えたんです」
壁を部分的に薄くしても、強度上問題がない設計にすることは可能。そして薄くした分、重量は軽く、輪郭もコンパクトになる。ならばやってみようと引いた図面を携え、延河はダイキャストの生産担当を訪ねた。
「最初は、何これ?と完全にあきれられました」
と笑う。それはそうだろう。ダイキャストは、高温で熱して液状になった金属を、鋳型(いがた)に流し込んで冷やすことで製品をつくる。厚さにバラつきがあると、流れ込みに偏りが生まれ、冷え方も一定でなくなり、ムラが出やすい。品質が安定しないやり方をわざわざ選ぶエンジニアはいない。だが延河はあきらめなかった。
「NDの概要を説明し“こんなクルマ、つくりたくないか?”と共感を得ることから始めました。すると社内外に共感の輪が広がっていき、理想の姿を実現するために、ひざを突き合わせた熱い議論の日々が続いたんです。それは“知恵”なんて格好のいいものじゃない。“執念”ですね」
石川は言う。
「新設の専用設備を用意し、ND専用の部品をつくるのなら楽でしょう。でも専用をつくってしまうと、そのコストは売値に跳ね返ります。ロードスターは初代からそうなのですが、「魅力的だけどとても買えない」というような憧れの対象ではなく、アフォーダブル(入手可能)でないといけない。特別な設備に頼るのではなく、他のクルマと共通のリソースを活用しないと意味がありません」
発想と執念があれば、既存のリソースからでも画期的なトランスミッションが生まれるのだ。そう延河らは胸を張る。

人間工学を調べ、筋電図まで持ちだし、“心地よさ”を数値化。

“感”づくり。このつかみどころがなく途方もない目標を実現するため、エンジニアたちは発想の翼を広げた。それは時に、人間工学の領域に及んだ。
「足裏にどんな荷重を感じたら、ペダルのストロークやシフトノブがどんな動きをしたら、脳は“気持ちいい”と感じるか。できる限り数値化しましたが、それだけでは語れない領域があるんです。“気持ちいい”につながる要因は操作部品の重さやストロークか、車両の加速度か、スピードか。それを明らかにするため、モーションキャプチャで人間の関節の動き方を調べたり、筋電図で筋肉の反応を見たりもしました」
と語る石川。彼らはNDのために、専門外の知見まで借りて思考を巡らせたのだ。とても大変な経験だったが、楽しい時間でもあったと延河は述懐する。
「人間工学を学んだり、モーションキャプチャでデータをとったのは、上司の指示ではありません。個々のエンジニアが自発的に、課題解決のため行動したんです」
石川が付け加える。
「マツダのクルマ開発は、上流の企画部門が構想を決め、各部門が従う…というやり方ではありません。関係者を集め、NDのあるべき姿(こんな人にこう楽しんでもらいたい)を伝え、それに向かって全員が最善を尽くす、というやり方。上流・下流という工程の壁も、部門の垣根も取っ払い、全員が同じスタートを切る。全員が目標を共有しているので、部門の異なるエンジニアとも“ここをこうしたらどうか?”なんて話ができる。そんな刺激の中から、新たな視点が生まれることもあるんです」
こうしたやり方はSKYACTIV以降、マツダのスタンダードになっている。完成車メーカーとしては決して大きい規模でないマツダだからこそ、プロジェクトメンバー全員が“想い”を共有し、全体最適を考えたクルマづくりができるのだろう。

全てはクルマを乗る“人”が楽しむため。

数々の困難を克服して誕生したNDは日本と世界でカー・オブ・ザ・イヤーをダブル受賞した。しかし、開発した当の本人たちは別の喜びをかみしめている。
「通勤用にNDを買ったが、運転があまりに楽しいので、会社まで遠回りしています、というカスタマーの意見を聞いた時は本当に嬉しかったですね」
と石川。一方、延河は
「NDに乗るため、AT限定の免許を解除したと、あるドライバーから聞いた時は目頭が熱くなりました。AT全盛のこの時代、わざわざMTを選んでくれるんですから」
クルマは何のためにつくるのか?その先には必ず人がいるんだ。そう延河は強調する。
「燃費や馬力といったスペックから入るのではなく、ドライバーが何を感じ、何を想うのか。そこから始めないと、良いクルマはつくれません」
実を言うとNDは、3代目ロードスター(NC)よりもスピードが遅い。サーキットで走ると、NDは直線でNCに置いていかれてしまう。しかしその点を、エンジニアたちは全く意に介さない。こだわったのは、スピードではなく“ときめき”である、今の時代にふさわしい“走る歓び”を具現化したのがNDである、という自負があるからだ。
“走る歓び”“人馬一体”を追求する姿勢は、マツダのエンジニアの一人ひとりに浸透している。